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親父がボソッと呟いた願い叶いましたスペシャル

昨年の11月で81歳になった親父。その頃ちょうど運転免許証の更新の時期だった。今のご時世、後期高齢者の事故も増えて免許証は返納しなさいと息子達に言われる家庭も少なくないと聞く。だが上村家は真逆を進んでいる。乗れ乗れと。それと、母と2人で病院に通うのもあるし。2人とも同じ病院に通うように最近なった(母の病院に統一)。親父が車に乗れなくなると僕が送って行かないといけなくなるからという長男の悪巧みもある(笑)
でも免許が更新出来たからといって油断は禁物。長年無事故無違反であろうとも。

うまい事言うて、一回横に乗せてもろて勝手に運転の審査したった。僕が見る限りでは今の所は問題ないと思った。という訳で更新おめでとうとなった。乗れ乗れ!と。

今まで免許証の更新が出来たくらいで、そんなに喜んだ事なかった親父やったのに、今回は違った。その場にたまたま居合わせた僕も表には出さなかったが内心ビックリしたというか、そうか~そうなんやと思った。その時親父が小さい声でつぶやいた。

『最後くらい新車に乗れたらな』

その一言が聞こえてしまった僕の中で「わかった。新車に乗れるように段取りするわ企画」がスタートを切った。

この頃リースで新車に乗れるらしいで

おお、それええな~と親父が食い付いた。
ほな早速聞いてみるわ。僕がお世話になってる車屋で。同じグループ会社の車屋で。


お父様本人では(年齢で)もう契約ができないので上村さん(僕)での契約ならできますよ!
との事だったので、望む所ですヨロシクお願いします。話し早い早い。決まった。

ではまず審査の書類を書いて頂いて………。
それをまず提出してOK出てからになります。
その話の次の日の帰りには書きに行かせてもらった。その時に何冊か車のカタログをもらって来たので、選んでもらうのに親父に渡した。

ダイハツのこれがええわ

えっ。アンタも決めるの早いな~。色々見よったら目移りするからな。

親父が選んだのはダイハツの軽自動車だった。(内心ホッとした。もし普通車の高級なやつを選ばれた日にゃ…。)

ホンマにそれでええんか?(聞かんでもええのに)
おお、これがええ。こっちもこっちで話し早い早い。この色で。もうそこまで決めてたんかいな。わかった。じゃあそれで注文してくるわ。僕の希望も入れとくでぇ。乗れるとこまで親父が乗って、その後は僕が乗るから。


という訳で見事に新車の注文が完了した。
11月中旬頃だった。納車は今の所1月にとしか言えません。今年中には無理なん?あ~そうですか~仕方ありませんね。

なにぶん僕も新車を買うのは極久しぶりなので何もわかっていなかった。この頃は納車までに結構な時間がかかるらしいのだ。コロナの影響が多分にあると聞いた。中には半年以上かかる時もあるらしい。そうか~。


そればっかりは仕方ない。あとは納車の日が来るのを楽しみに待つだけ。


そうこうしてるうちに1ヶ月が経ち12月中旬。順調に待っていた上村家に異変が生じた。医療には程遠い僕が見ても明らかにおかしくなった親父。こんなに急に一気に老化って進むもんか?ホンマにヤバないかこれ。

向かい合って食事してても、そのまま前に小さくなるように縮んでしまう。ぐぅぅっと前に丸くなってしまう感じ。歩いててもヨタヨタと千鳥足やし。アカンやんこれ。運転どころじゃないやんと母と顔を見合わした。

そんな千鳥足のくせに外へ散歩に行ってこけるし。額から流血して帰ってくるし。こけた勢いで眼鏡が飛んだらしいのだが、それも帰って来て結構な時間が経ってから「眼鏡があらへん。あれ眼鏡、眼鏡」と横山やすしさんかいな。翌日、母に付き添うてもろて一緒に探しに行くと、ちょうどこけた所の付近にあったそうな。情けないわ、しっかりせぇよ。
あれだけ口うるさい恐い厳しい奴やったのに
どうしたん。

もうどこからどう見ても明らかに怪しいクソオヤジ。せっかく注文した新車が台無し。
それやったら、どうせ三百万も払うんやったら中古でもええから僕の気に入った車にしたらよかったわと後悔した。ちっくしょ~。

「私の命の恩人でもあり、何十年も通ってる病院の先生に一回診てもらうか?」と母が提案してくれた。これまた素直じゃないクソオヤジの返事に心配したのだが、何故かしらこの時は「おお、わかった。診てもらうわ」と返事してくれたらしい。相当、自分でもこらアカンなと思っていたのだろう。

そのタマタマ素直な返事をしてくれたおかげもあって、母の通う病院で診察してもらうと「上村さん、この睡眠剤が強すぎるんや。体の中から抜けきらずに蓄積されてしまってるんやで。もうその薬は飲まんときよ。体から出さなアカンで!」との診断だった。

クソオヤジも自覚があったようだ。自分が通ってるクリニックで「夜寝れへんから今のやつよりキツい睡眠剤出して」と自分からお願いしたそうだ。そこの先生も「飲んでみてどうか教えて下さい」とまで言ってくれてたそうだ。ダメだこりゃクソオヤジ。

結局正当な?『薬物の会』だった。(笑)

原因がわかってホッとした。母が一番ホッとしてた。それから一週間程でクソオヤジは親父に戻った。戻ったといっても歳相応やけど。よかったよかった。せっかく注文したのが台無しになってしまいよったがなと今度は僕が聞こえるように小さい声で怒っといた。この日から母の通う病院に統一する事になった。


そしてコナンからの愛を一杯もらった新年(2022年)を迎えた。

クソオヤジの大事件もあった12月だったが、この待つ時間ってのもええなと思った。まだかなまだかなみたいな。小さい頃遠足とか旅行に行く前の夜に楽しみで寝れんみたいな。

逆にまったく連絡もないと今度は不安になってくるし。なんぼなんでも1月中には来るやろと僕は予想していたのだが、1/15が来ても何の連絡もなかった。

1/20に、その車屋さんからLINEがきた。

すげぇ。予想通り。段取りバッチリ。
そして納車当週、同い年の役員の人が「上村君、車入ったで。僕も嬉しくて写真撮ってきたで!」と送ってくれた。

僕的には、取りに行かせてもらう日まで見ずに楽しみにしておきたかったのだが、せっかく自分の事の様に喜んでくれてるからしゃ~ないなと思い、「ありがとう」と、無表情で伝えた。

一方上村家では1/29に取りに行く時の段取りを話していた。まず今、親父が乗っている車に乗って行く。僕も一緒に行く。その為に土曜日を選んだ。仕事の休みをとりやすいから。そしてその車は廃車の手続きをしてもらう。その間に僕は新しい車の説明を聞いたりシルバーマークを張ったりしておく。で、帰りは僕が運転して実家の近くの広場まで帰る。そこで少し親父が運転の練習をする。
てな段取りに決まった。その広場で練習しているクソオヤジと新しい車がこちら↓↓

若干だが嬉しそうに練習してるクソオヤジを見て僕もうれしかった。車を取りに行く日の前の夜にも、待ち遠しかった!のような喜んだ顔を微妙に出してくれたので、それもうれしかった。よかったやん!これから何年乗れるかわからんけど楽しみできたやんと話した。


そうして、この広場での練習の後のクソオヤジは、早速横に母を乗せ、後には僕を乗せて通いなれた母の病院の駐車場まで路上教習に向かった。少し心配だったが、運転だけなら問題はなかった。うん合格合格。


その日から約1ヶ月半が経った今では、まだナビは使いこなせないものの、音楽はかけれるようになった親父。越路吹雪さん「愛の讃歌」高倉健さん「対馬酒唄」すぎもとまさとさん「吾亦紅」あと藤圭子さんの唄をバリバリ流して運転できてるそうな。

近所の人とか知り合いの人とかにも「どないしたん急にええ車に乗って」と言うてもろてな…と僕に教えてくれる時の顔が僕もうれしいわ。こちらこそありがとうやわクソオヤジ



生きてるうちに、少しだけ恩返しが出来た気がするぅ~。


こんなもんは標準装備やんって思ってたものが今はオプションになってた事も学べたのでそれはそれで勉強になりました。


以上、親父の夢叶いましたスペシャルでした。最後まで読んで頂いてありがとうございます。失礼します。





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