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勇気のノート 4000ページの軌跡

このノートは、このNOTEと違い
普通の大学ノート。
今の時点で40冊くらいある。

ある1人の知的障害を持った仕事仲間と
始めたオッサン同士の
交換日記の事である。
決して恋愛感情はありません(笑)

そんじょそこらの本より よっぽどオモロイ
と思うよ。
だって、ありのまま そのまんまやから。
ただ、読解力?解読力が
めちゃめちゃいるけどね(笑)

平成19年の4月から始めた勇気のノート。
お前はオシかって言うくらい
ほとんど喋らない彼と、
どうにかコミュニケーションをとろうと
苦肉の策で辿りついたのが このノートである。

1人1日1ページ使用する。
誤字脱字ぜんぜんOK。
文も短くてもOK。
仕事の事じゃなくても何を書いてもOK。
そんなルールもやって行くうちに
勝手にできて行った。


始める前に1つだけ彼に約束した。
「僕からは絶対ノート止めるって
言わんから」と。
彼に認めてもらう為に約束した。
おかげて今現在もノートは継続している。
ただ、彼に認めてもらえたかどうかは
わからないが友達にはなれていると思っている。
なぜなら、僕に暴言も吐いてくれるし
男同士、ケンカもできるようになったから。

後々、感じる事だが、他人を認めるとか
約束を守る事という概念すらないような
気がする。
それと、たとえひらがなでも文字は書けるが
日記でのやりとりがほとんとできない。
はたして交換日記として
成り立っているのか定かではない。
それともうひとつ……
ノートの題名にもなってる

「勇気」

僕は何をするにも勇気がないって
最初の頃に書いてくれてたから
勇気が出るようになったらええな と思い
勇気のノートと命名したのだが
果たして勇気が出るようになっているかは
定かではない。


ホメゴロシができたのは最初の1週間だった。
それを彼から学ばせてもらった。
うわべのよそ行きでは
逆にこっちがもたんと。

ああいう子やからとか
可愛そうな子やからとか
思ったら失礼やな…と。
こっちが変に気を使うのはやめよう…と。
お互いが言いたい事を
言い合える仲がええな…
じゃあ遠慮なく行くでぇ と。

もうすでにこの時点で
彼→奴の手の平の上で転がされてる事に
気づくまでに時間がかかった。

どういう事かというと、
ほとんど何もかもの事を
こちらが考えないといけないという事。
そしてそれを言葉にして、こっちが話す
もしくは気をきかす しないといけない
と言うこと。

奴は「うん」か「いいえ」で返事するだけ。

「いいえ」は「いいや」と関西では言う。
文では難しいな~これ。発音がないから。

その「いいや」の時はほぼホントだと思う。
気持ちがこもってると感じるから。
しかも、かぶし気味に
返事してくるから。

たったこれだけのやりとりだけでも
イラッとするポイントが隠されているのが
おわかりだろうか。

「手をさしのべる」って言ったり書いたり
するのは簡単やけど………………ね。

だから、そういう施設とかの職員さんとかは
スゲェなって思う。


靴に紐もよう通さんくせに
格好よく紐靴を注文する。
一緒に横並びになって、やって見せた。
その時はできるのだが
果たして覚える気があるのかどうかは
しーらね。


平行とか直角とか角度とか
もちろん知らない。
分度器を買ってきて、簡単な問題も作って
一緒に勉強した。
覚える気があるのかどうかは
し ーらね。

ロッカーから他の人のお金を盗んだ
奴もいる。
一緒に謝りにまわった。
お金は立て替えた。
結構な人数過ぎて
もう会社には居られない人もいて
ご迷惑かけた人全員には謝りきれなかった。
本人もその時は
とても反省してる感じやったけど
ホントに反省してるかどうかは
しーらね。

上記3件とも別々の人間だ。
ともに知的障害のある奴らです。
2番目の件が、このノートをやってる奴です。
奇麗事ではない。現実です。

もし、皇室も政治家も警察も裁判官も
病院の先生も看護師さんも
全員知的障害のある人やったら
おもろいのにな~って考えた事もある。

ある人から、こんなアドバイスを
もらった事もある
「上村さん、そういう子達の事は犬やと
思って接した方がええよ」って。
実話だ。
「犬の方がよっぽど可愛いわ」って
即返事した。

また、大体の人は
自分は関わりたくないから
文句とか苦情は必ず
こっちに言ってくる。
そういう人に限って
格好よくアドバイスみたいなのを
ご親切にしてくれる。
へぇ~ で何?って感じやから
「たまには、それを自分で直接本人に
言うてやってな」って
お返しさせてもらう。

はたまた、
「そういう人は純粋で素直やから」って
聞いた事もある。
「どこがやねんっ」って
1人でつっこんだ事も多々ある。
でも、よくよく考えてみると
そうかもしれん。
自分の思いに純粋で素直と言う面では。

動物か?神様か?そんな存在なのかも知れない。
僕は、どっちかというと動物の方かな
と思うけど。

付き合えば付き合う程
見えてしまうんじゃ~

病気とか障害とか言うと聞こえはええけど
そうじゃない、その人の本質的な所が。
こいつら相当「ああいう子やから」に
助けられてる。
もしくは誤魔化せるんやな と感じる。
だから余計甘やかしたらアカンな と思うよ。

基本的に僕は、その人の良い所は
放っておいても大丈夫と思っている。
それよりも悪い所をチョットでも
マシ(増しではない)にしてやる事が
良い所を伸ばす事に繋がると思っている。

昭和くさいと思われても仕方ない。
ただ、ずっと怒っているわけではなく
本気で怒って(叱るのではなく)
出来たら一緒に喜ぶ感覚なのだ。
そこにも「えらそ~に褒めるなや」と言う
僕の思いがあるからだ。



このまま書き続けると終わりが見えて来ないので
まずは一旦このへんでお開きにさせてもらいます。

ご清聴ならぬご清読ありがとうございます。




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