「雨」
 
 窓の外ではまだ雨が降り続いていた。
「結局のところ母はわたしを捨てたのよ。」
 彼女はため息と共に言葉を吐き出した。ベッドを置くとそれだけでいっぱいになってしまうワンルームの部屋で、小さな折り畳みテーブルを挟んで僕と彼女は向かい合って座っていた。彼女はテーブルに頬杖をつきながら、窓の外を見るともなく見ていた。その視線の先にはどんよりとした雨雲がどこまでも続いていた。僕はカップに入ったとびきり苦いコーヒーをひと口飲むと彼女の横顔に向かって言った。
「不安なの、子どものこと?」
「まあね。」
 彼女はそういうと、テーブルに視線を落とした。ひどくゆったりとした動作だった。
「わたし、子どもと上手くやっていけるかしら?」
「きっと上手くやっていけるさ。だって自分の子どもじゃないか。」
 そう言ってから僕は、自分の言葉を後悔した。彼女は僕の心を見透かしたように微笑んだ。
「大丈夫。わたしと母の関係が少し変わっているだけだから。」
 僕は何と言っていいか分からずに黙っていた。
「今となっては父親の気持ちも少し分かるの。外に女を作って出て行ったあの人の気持ちが。わたしも母といるとたまらなく息苦しくなるときがあるから。」
 雨は静かに降り続いていた。まるで彼女の気持ちにぴったりと寄り添うように、見渡す限りどこまでも地表に降り注いでいた。

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