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渇望こそ成長の原動力

昨年12月28日をもって37年間の歴史に幕を下ろしたフレンチレストラン「オテル・ドゥ・ミクニ」のオーナーシェフである三國清三さんの自伝。なかなかに挑発的な表紙のモノクロ写真を書店の棚で見かける度に、いつも気になっていたのだけれど、週末に購入して一気読みしてしまった。非常に刺激的で面白く、読み終えた人間の心に何かを残してくれる著作だと思う。

北海道の増毛町から単身東京へと渡り、帝国ホテルでの働く機会をなんとか掴み取ると、その後はジュネーブへ渡り当時の駐スイス大使の料理人として3年8ヶ月にわたって腕を振るう。そして、任期を終えると今度はフランスの名だたる3つ星レストランを巡って、フレンチシェフとしての運命を決定づけることになる何人かの師に出会い、ひたすらに料理人としての自らの可能性を追求していく。最終的には8年にも及んだフランスでの武者修行を経て帰国した三國さんは、紆余曲折を経て「オテル・ドゥ・ミクニ」を開店させることになるのだけれど、本書の醍醐味は、世界的なトップ・フレンチシェフとして三國さんが成し遂げた数々の偉業であったり、三國フレンチの素晴らしさといった部分に喚起されている訳ではない。そうではなくて、何も持たない田舎の若者だった三國さんを突き動かしてきたもの、あるいは三國さんが本物の一流と正面から格闘し、その本質を掴み取っていく過程において常に三國さんの胸の内にあったはずのもの、そこにこそ本書の最大の魅力が詰まっている。

それは、端的に言えば「渇望」ということなのだと思う。「ハングリー精神」という言葉もあるが、個人的にはそれとは若干異なるもので、やはり渇望としか言い表せないものなのかなという気がする。

三國さんは、北海道にいた青年期から常に渇望していた。自分が自分であるためのプライド。何も持たず、何者でもなかった自分を、必ず何者かにはしてみせるのだという決然たる意志。本書で綴られている三國さんの半生からは、そういう魂の叫びのようなものが随所に感じられる。本書のタイトルにもあるように、三國さんは自身を「三流シェフ」だと書かれているが、その圧倒的な渇望は、おそらく超一流にしかないものだったりするのかなと、私としては思ってしまう。「オテル・ドゥ・ミクニ」で実際に本物の料理を口にする機会もないまま、閉店されたことを本書によって知ったのが惜しまれてならない。

ただ、本書は間違いなく味わい深い。
料理そのものではないけれど、きっと料理が語るのと同じように。

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