操兵名鑑・シリーズ3 ザクレイ
従兵機は、どんなに上質の鉄を使い、頑丈かつ精妙な機構を用いたとしても、並の鍛冶師が組み上げた並の狩猟機にかなわない。
そういうものなのだ。
結局、操兵の強さは、仮面の格とでも呼ぶべきものにあるらしい。
格というのは、文字通り仮面の間に存在する序列の優劣のことだ。格の高い仮面をつけた操兵は、格下の仮面を持つものなど敵ではない。
そのかわり、格の高い仮面は、相応の機体を要求するらしいが。
濃い群青に塗られた機体が目の前にあった。
名前はザクレイといったか。ザグレイと呼んだ人間もいたような気がするが。
頭がある——ように見えるが、これは従兵機だった。
胸板の形をそれらしくいじって、仮面の取りつけ位置を人で言えば首のつけ根あたりに持っていっているのだ。兜のように加工された面頬を外せば、すくなくとも見た目は従兵機そのものだった。
話によれば、これは従兵機でありながら狩猟機なみの能力を持つ機体なのだという。
なるほど、従兵機のくせに頭があるという点では、確かに狩猟機に対抗しようという意欲が込められていると言えなくもないが。
機体をここまで運んできた鍛冶師は、ひどく動かしにくそうな顔をして降りてきた。
それほど操縦が難しいのかと問えば、難しいというより感覚にずれがあるという答えが返ってくる。
たしかめようとさっそく乗り込んでみると、すぐにその言葉の意味がわかった。
起動するまでの反応は、たしかに従兵機のそれだった。素直で、単純。狩猟機のように、こちらを品定めするような感覚がない。
半信半疑で操縦桿を倒して驚いた。こちらの操作が素直に反応する。従兵機特有の動きの鈍さは感じられず、かといって狩猟機にありがちなひねくれた挙動——前進を命じられたにもかかわらず、左右にぶれながら歩くような——もない。
ただ、素直に、鋭くこちらの意思に応えてくる。
これは、操兵と呼ばれるものにあって、ありえないと言っていい動きだった。
操兵に乗り慣れている人間にとっては、これはたしかに違和感しかないだろう。
感覚的には、よく馴らした下位の狩猟機に乗っている状態に近いかもしれない。そのくらい反応は鋭く、乗り手を拒む意思が感じられなかった。
もっとも、これが狩猟機には遠く及ばないこともすぐにわかった。
乗ってすぐに行われた模擬戦で、使い古しのマルツ・ラゴーシュ相手に十本中四本しか取れなかった。
狩猟機相手に十の四ならまずまずだと思えるかもしれない。
だがこれは模擬戦だ。刃引きの剣が要所に当たっただけで一本と判定される。
反応性のよさで相手の虚をつけたものの、これが実戦なら全部弾かれていただろう。
力が足りない。構造的に、力を込めた打ち込みが難しいというべきか。
専用の武器が必要だと感じたし、戦い方そのものも研究が必要だろう。
数年がすぎた。
ザクレイは、狩猟機にかわる新しい操兵として受け入れられることはなかった。
なにより製作が難しすぎたのである。
操兵の能力を決めるのは仮面の力といっていい。どんなに粗雑な機体でも、仮面の質さえよければ強力な操兵となる。
伝説的な仮面なら、自分で機体を作り替えてしまうほどだという。
どれほどの技術を注ぎ込み、工芸品のような機体を作りあげても、下位の機体は上位の狩猟機を超えることはできない。
ザクレイは、ただそれを証明したにすぎない。
大半の鍛冶師たちはそう考えていた。
だが、それでもあきらめない人間はいた。
最新のザクレイ——多くの操兵では、一度確立された製作法が改良されることはなかった。仮面が、機体の些細な差異はすべて吸収してしまうからだ——は、改良に改良を重ねられた長刀身の鉈と、重量配分の微調整がなされていた。
いったんこの機体に慣れた操手が乗れば、ザクレイには下位の狩猟機を食うほどの能力が備わりつつあった。
数分の一の労力で、ザクレイが束になってもかなわない狩猟機ができてしまう以上、この機体を大量に作る意味はなかった。
それでも、比較的手に入りやすい従兵機級の仮面が使えるおかげで、最終的にそれなりの数が作りだされることにはなった。
ザクレイが本格的な実戦に出たのは、皮肉にも、この機体がこれ以上作られないことが決定されてすぐのことだった。
深夜に運び出された七機が持ち込まれたのは、南部の海岸沿いに設営された砦だった。
操兵の受け渡しにもかかわらず書類のやり取りもなく、相当な規模の軍勢だというのにまともな軍服姿の人間はひとりも見当たらない。
ザクレイの運び込まれたところが、南部の国家連合が賊軍としている側の陣営だということはすぐにわかった。
もっとも、ここがどこのものだろうが、知ったことではなかった。
多くの鍛冶師たちの思いとともに作り出されたこの操兵が、一度でいい、名をあげられる場所があるなら。
ザクレイが運びこまれたその夜、襲撃があった。
国家連合の操兵団が、比較的少数の軍勢を送りこんできたのである。
どうやら、戦力を探ることが目的のようだった。
それ自体はいい。問題は、連合側が賊軍を烏合の衆となめきっていたことにあった。
その時、その陣はまだ設営されたばかりで、操兵戦力はほとんど整っていなかった。
このため、乗る機体を持たなかった腕利きたちが、ザクレイに乗ることになったのが幸いした。
見るからに不恰好で、闇に溶け込む機体色を持つ七機は、つぎつぎと敵の狩猟機を屠っていった。
もちろん狩猟機に正面から挑んでも、単独では勝負にならなかった。
ザクレイの古強者たちは、呼吸のあった連携で敵を孤立させ、そこを複数でいっせいに攻撃して致命的な打撃をあたえていったのである。
大きな損害を受け、連合の操兵たちは早々に撤退していった。
大勝利と言ってよかったが、もちろんうわついた空気はなかった。
緒戦の勝利などなんのあてにもならない。あの程度で、連合の大戦力に痛手をあたえたなどと考えている人間は、ひとりもいなかった。
翌々日、砦の前に連合の操兵団が押し寄せた。数にして百機近く。従兵機の数は少なく、大半が狩猟機だった。
加えて先頭に立っているのは、連合に加盟している国々がそれぞれ操兵の鍛冶組合に発注して作らせた強力な機体たちだった。
狩猟機のなかでも、飛び抜けた能力を持つものばかりだ。おそらく、操手もそれにふさわしい人間があてられているのだろう。
もちろん、それらの機体に付き従っている操兵たちも、一般的な機種ではあったが、たたずまいから戦慣れしていることがわかるものばかりだった。
普通に考えれば、危機的状況だった。これだけの手垂れたちが相手では、たとえ相手とおなじ機種をあたえられても勝ち目は薄いと考えるのが当然だろう。
だが、ザクレイの操手たちは落ち着いていた。
知っていたのだ。
なるほど、敵は強力だった。
一致団結して攻められれば、こんな急ごしらえの軍勢などあっという間に蹴散らされることだろう。
だが、それはありえなかった。
なぜなら、敵はそれぞれに国家の体面を背負ってここにいるからだ。
国家連合などと名乗ってはいるが、参加している国々の中で友好的な関係にあるところなど数えるほどもない。多くは数世紀来の深い対立関係を抱えている。
それでなお、こんな辺地にそろってやってきているのは、この遠征で他国を出しぬいて、自分たちの影響力を強めるためにほかならなかった。
つまり、どこかの国の軍勢を攻めても、別の国からの救援はないといっていい。
可能性があるとすれば、連合で最大の勢力を誇る騎士団が、格下を助けるという名目で加勢することだった。逆に、ここを助けようとする国は皆無だろう。
この時点で、とるべき策は決まっていた。
距離をおいて布陣する敵陣の中央、ちょうど目標とする騎士団に向けて、とりあえず数をそろえたばかりの砦の狩猟機たちが出陣する。
見た目は立派な主力だったが、じつは狩猟機たちは囮だった。
それを迎え撃つべく前進した騎士団は、突然背後に出現した藍色の七機に驚きを隠せなかった。じつは、砦の地下には古い隧道があって、ザクレイたちはそこを抜けて敵の後背をついたのである。
さらに、砦の正門への道は、遠目にはわかりにくかったが地形的に隘路になっていた。
ザクレイに追われるように正面の狩猟機たちに向かったその騎士団は、並んで通ろうとすると速度を落とさねばならない幅の場所があることにようやく気づいたのだった。
先頭を切っていた団長機を倒したのは、正面の狩猟機たちが放った弩弓の矢だった。そもそも狩猟機が使うのは刀剣の類であって弓箭ではないのだが、それも敵をおおいに動揺させることとなった。
不意打ちをくらって、目の前の敵は総崩れになった。相応の強者たちのはずだったが、ザクレイ数機が群がって端から狩っていくと、残り三機のところで敵は悲鳴とともに逃げだした。
おそらく、連携して戦えば、向こうが感じるほどの相手ではないことに気づいただろうが、それを思いつかせないことこそがこの戦いの眼目だった。
居並んだ他の騎士団から、どっとあざけりの笑い声が上がった。
いい兆候だった。
この期におよんで、敵はいまだにこちらを侮っているらしい。
策は相手をする騎士団の数だけ用意してある。やつらの笑い声が悲鳴に変わるのに、さほど時間はかからないだろう。
ザクレイを駆る一団は、一糸乱れぬ足並みで岩の転がる荒地のただなかを、喊声をあげて疾走し始めた。
《ザクレイ(ザグレイとも)》
西方暦830年代に入って登場した、従兵機*1の最新鋭機。
仮面の格で劣る従兵機を、下位の*2狩猟機級まで力を引き上げるという目的で作られた実験的な機体である。
従兵機でありながら、マルツ・ラゴーシュに匹敵する能力を持ち、9世紀に起きた戦乱でそれなりの戦果をあげている。
だが、皮肉にもザクレイは機体製作に非常に手間がかかり、素材にも高価なものが用いられたため、結果的に安価な狩猟機よりも高価になってしまい、また保守整備にかかる費用も割高になる傾向が強かったため、20数機が作られたのみで姿を消すことになった。
この機体に乗る人間は、正規の騎士ではないことが多く、狩猟機の騎士たちからは「もどき」と呼ばれ、嫌悪の対象となった。
一方、非正規の操手たちは好んでこの機体を使い、集団で多くの名のある狩猟機を討ち取っている。
*1 操兵の中でも頭部を持たない簡易的な機種。
*2 操兵の中でも人間に近い形状をした高級機。
著:日下部匡俊
原型製作:R-Grey
CG加工:伸童舎
©︎2020 shindosha 聖刻PROJECT
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