『推しの三原則』のできかた(2)


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 というわけでヲタクが死滅したディストピアでヲタクであろうとする少女のモデルはどんちゃんで決定し、どんちゃんの名前「宮下真実」を少しだけ変えた「木下あみ」が誕生しました。(梗概を読んでいただくとわかりますが最初は「木下まみ」という名前にしていて、あまりに本人まんまでマズいと思って、実作執筆の際に変えました)
 話の構成として最初からあみ視点で話が進むのではなく、最初はAIヲタクを作りだすアイドルが主人公として書かれ、彼女がのちにラスボスとしてあみの前に現れることを決めていました。
 この構成の元ネタですが、スクウェアの名作RPG、『ライブ・ア・ライブ』の中世編です。
 そしてこの一章の主人公件ラスボスのモデルをどうするんだと悩みました。

 名前の「みくり」はわりと早く決まりました。どんちゃんをモデルとしたキャラクターが憧れる相手なんだから実際にどんちゃんが憧れてる相手じゃないと。ということで、お名前をこの方にお借りすることにしたからです。

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 井本みくにさん。簡単にいうと顔が良くて演技がうまい人です(2019年末、名だたる小劇場界の劇団が参加したコンクール「佐藤辰海演劇祭」にて俳優部門1位に輝くほど演技がうまい)。どんちゃんと「どんみく」というコンビを組み、よくラブラブっぷりを見せてくれる方としても知られています。
 名前のモデルにはさせていただいた井本みくにさんですが、執筆していた当時はほぼ井本さんと面識がなかったので(「センチメンタルジャーニーズ」のどんみく回と「女生徒」で一方的に見たことがあるだけだった)、中身のキャラクターに関しては本当に井本さんが反映されていません。みくりの性格に関しては特にモデルがなく「真面目で誠実すぎるがゆえにダークサイドに落ちる」類型のキャラクターを書いています。のちに井本さんとはある程度面識ができたので『推しの三原則』が刊行されてから事後報告で井本さんに勝手に名前使っていたことを謝ったら「ええてええて、私の名前使った小説が世に出るなんて、田舎の両親泣いて喜ぶわ。私の名前フリー素材みたいなもんやからどんどん世の中の人に使って欲しいわ」的なこと(かなり意訳)を言ってくれたので安心しました。

 白状しますが、自分はさしてアイドルに詳しくありません。いや、世間一般の人と比べるとそれはそれなりに詳しいと思うのですが、ちゃんとアイドルを好きで追いかけている人が見れば浅さが一発でわかるくらい詳しくありません。
 実質自分がちゃんとハマったアイドルは一グループだけで、その現場にもちゃんと通ったのはわずか半年だけです。しかもその半年を、後ろのほうでずっとボーッと見ている【地蔵】として過ごしていました。本編に出てくるmixですが、自分はいっさい打てません。コールも全然知りません。よってその浅さは実は随所で露呈していると思います。
 書籍化の際、大森さんに壮絶に原稿に赤を入れられ、書き直しを行ったのですが、赤には文章的な問題だけでなく、「『mix』のワードが間違っている」「『サイリウム』と『ペンライト』を混同している」など、アイドルヲタとして致命的な部分が多くありました。
 なので、『推しの三原則』は真のアイドルヲタが見れば、アイドル小説としては穴がありまくる作品であることは否定できません。

 が、自分がアイドル現場に通ったその短い期間で得た経験をすべてフルに使ったことは確かです。あの迷惑なヲタたちの描写に誇張はありますが、事実無根なことはありません。
 「フラッシュ演算接近」はありませんが、接近のたびにアイドルに「あっちむいてホイ」を仕掛けていたヲタは実在します。ライブ中に桜島大根を胴上げした現場はありませんが、ライブ中にビニールの巨大イルカを胴上げした現場は実在します。
 『推しの三原則』中のアイドル、ヲタ描写すべてに元ネタがあるのは確かです。

 話を1人めの主人公のみくりに戻します。上でも書いた通り彼女に性格的なモチーフはありませんが、ソロアイドルの現場として参照した元ネタはあります。
 というより、先ほども言った通り自分が通った現場は、ただ一つのグループと、それに付随する現場しかありません。自分が行ったことのあるソロアイドルの現場は「せれちゅ」こと上月せれなさんという方ただ1人です。よってソロアイドル描写については実質的に彼女の現場から引用している部分が多いです。みくりが「みくちゅ」と呼ばれるのはせれちゅさんの圧倒的影響を受けていますし、みくりの名字の「大月」はせれちゅさんの「上月」から来ています。
 せれちゅさん自体はみくりとは全然違う、パワフルなタイプの人です。
 自分はせれちゅさんのバスツアーに参加したことがあるのですが、、、
 こう書くと、すごく、せれちゅさんの熱心なヲタ感が出ていますが、参加した理由は、長野で行われるアイドルフェスに自分が好きだったアイドルグループのメンバーが出演していて、その現場に行く最安の移動手段がそのバスツアーだったからです。長野往復3980円というどの長距離バスよりも安いバカみたいな値段設定で、それなのにアイドルがすんごい近くに座っているという何やこれなバスツアーでした。自分はそのとき、せれちゅさんの顔もぼんやりとしか知らなかったので、待ち合わせ場所で「この方がせれちゅさんでいいんだよな?」とすんごい不安だったのを覚えています。
 このバスツアー時にせれちゅさんは、終始、ヲタクに向かってしゃべり続けていました。これから自らのライブが控えている行きも、ライブを終えてヲタクたちが疲労困憊していた帰りも、ずっとしゃべり続けていました。あまりにしゃべり続けるので、せれちゅさんに「まるでさんまさんみたいですね」と言ってしまったら、大爆笑して「誕生日同じなんよ」って返していただきました。
 せれちゅさんのヤバいバイタリティを目の当たりにし、将来政治家(具体的には長野県知事)とかになりそうやなあと勝手に思ったのでした。

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↑バスツアー中にチェキを撮っていただけることとなり、「『バス日帰り旅行に出かけたカップルの帰りのバス』っぽく寝たふりしてください」という厄介ヲタの駄リクエストを快く受け入れてくれた心の広いせれちゅさん


 話が壮絶に脱線しましたが、アイドル現場における「常識の通じなさ」がわかるエピソードだと思っていただけると有り難いです。(つづく)

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