2023年JRA厩務員ストライキに関する論点と雑感

この記事は、2023年3月18日21時00分〜 Twitterスペース 芯力休憩所 #19「厩務員スト、何より問題だったのは…?」からの文字起こしです。

蒼山サグ(以下、蒼):本日のメイントピックスといたしましては厩務員さんの労働組合の騒動と言いますか、ストが起こりそうだったという一連の状況について、まずは概要からご説明をお願いできますでしょうか?

くらみゆた(以下、ゆ):はい、ニュースで報道されているところにはなるんですけれども。今回JRAの厩務員さんが所属している4つの労働組合が日本調教師会に対して、団体交渉していく中で新賃金体系の廃止を要望したということ、受け入れられないとストライキだよというような形で、春闘が行われたというところです。前提としてはこれあくまでJRAに対しての要望ではなく、雇用契約を結んでいる厩務員と調教師間の労使交渉というような形になっております。

蒼:対立構造は調教師会対厩務員でJRAとの交渉ではないということですね?

ゆ:そうですね、あくまでJRAはオブザーバーという形だと思っています。結果として途中までは4つの労働組合が足並みを揃えてというところで、だいぶ威勢が良かったんですけれども、直前というか金曜日の段階で栗東トレセンの労働組合、全国競馬労働組合「全馬労」が妥結したので、結局残り3つの労働組合でストライキに突入という状態になりました。ただ調教師会が開催について強い意思を示したというところもありましたので、全馬労それからJRAと協力して無事に競馬が開催されるという形に至っております。

蒼:ここなんですけれども、調教師会が強く開催を望んだというところは、ちゃんと抑えておきたいポイントだと個人的に思っています。決してJRAが単体で強行に開催を決定したわけではないということですね?

ゆ:そうですね、ブログをやっている尾関調教師もエントリでやはり競馬の開催は止めたくないと強い意思を持ってやったという話を記載していました。結果として全馬労は栗東トレセンのの大半の厩務員の方が入ってますので、厩務員全体2300人弱という中で半分弱の人員が、その時点で確保できたというところも、強行開催ができたというポイントなのかなと思います。

蒼:はい、そうですね。ありがとうございます。ここまでが大体の概要という感じになると思いますが、続きまして、その労働組合の方からなされた交渉内容についてお話をいただきたいと思います。詳しい議題としては新賃金体系の廃止が要望となっておりましたが、この新賃金体系というのはどういった内容なのでしょうか?

ゆ:まず基礎知識として厩務員さんの給料これあくまで調べた限りはなるんですけれども、大体平均が800万円ぐらいでその中で内訳がいろいろあるという形になってます。今回その新賃金体系として支払われているのは調教師から支払われている給料、これが平均800万円だとすると500万円ぐらいと言われてますね。それからレースを勝ったことによる賞金からパーセンテージでもらえる進上金。これが大体年間に300万円。それ以外で出張費その他で50万円ぐらいもらっているというのが、一般的な厩務員の給料のイメージと。大体この調教師から支払われる給料というのが毎年大体1.5万ぐらい昇給していて、660万ぐらいまで上がると言われているので、もらえる人は1000万プレイヤーになるというようなイメージなんですかね。

蒼:ただこの進上金のところがかなりバラツキがありますからね。

ゆ:はい、すごい活躍馬を担当すると進上金が大きくなると思います。この今のお話があくまで新賃金体系というもので、これは2011年から適用されているという形になってます。サラブレとかでよく連載し西塚助手のコラムにもありますけれども、2011年に20%減額になってこの金額と。そのタイミングで勤続手当がなくなったりとか厩務員さんの体制が13名から12名の変更などがあったりというところ。当時なかなか苦しい(JRA・調教師の)財政状況というのもあったので、だいぶ厩務員さん側にも新しく入ってくる人に対しては賃金の圧縮がなされたという状況になっています。

蒼:なるほど。

ゆ:そういう状況で厩務員さんの給料体系というのは、2011年から入った人と今までいた人で二重体系という状況になっていたものがずっと続いていて、これに対してJRAも売上が伸びてきているというところもあって、労働組合の人が色々スキャンして(Twitterに)あげている資料を見る限りだと、2020年末から交渉していたと。大体2年ぐらい交渉したけど進まないので、今回春闘になったというのが流出した情報から出ていると。その中で労働組合としては厩務員課程受験応募者が減少している、退職者も増えているというところもあるから、給料を増やさないといけないんだと。若い人に向けて賃金体系を戻さないといけないのではないかというのが労働組合側としての主張という形になっています。

蒼:なるほど、ありがとうございます。留意点としましては2020年末からの交渉ということですので、コロナのど真ん中での交渉であったという点は一応なんとなく覚えておきたい点でもありますし、現状だけで言いますと厩務員課程の受験者の合格が今でも狭き門ではあるというところは前提として覚えといた方がいいというのがあるのですが、総じてこの要求は妥当なものだと考えられるのでしょうか?

ゆ:そうですね、まず大前提としてストライキは労働者の権利ですので、そこについてやることは間違っているというようなことはないかなと思います。ただ競馬という特性上なかったらなかったで、「なくてもいいよ」と言われてしまう産業なので、そこにファン離れとか関係者離れというのは起こさないようにしていかないと支持されないというところがある。鉄道とかそういうインフラではないので、その点については注意が必要なのかなと思います。その中で一体これって妥当だったのかというところで、いくつか論点があるかなと思っています。よく今回話が出たときに言われている中ではJRAの賞金が上がっている、なのに厩務員の給料が上がらないのは、おかしいんじゃないか?というようなお話も意見としては出ておりました。ただこれに関してはやっぱり進上金があって、G1勝てばそれなりにお金がもらえるというところもあるので、この賃金体系の再編というのはどちらかというと生活防衛というか弱者救済という位置づけの要望だというふうに考えたほうがいいのかなというふうには思っています。

蒼:なるほど。待遇という意味だと厩舎全体が好成績を上げることで、調教師さんはもちろん厩務員さんの収入が増える、待遇が上がるというベースとしての構造があるということですね。

ゆ:そうですね、100%厩務員さんが調教師からもらっている給料だけで暮らしているわけではないというのはポイントかなと思います。

蒼:はい、他にも何か論点はありますでしょうか?

ゆ:そうですね、あとは調教師さんが馬主さんと契約している中で、それなりに儲かっているんだからちゃんと厩務員に還元しろというような話もあるにはあるんですけれども、ちょっとここがなかなか一般からは想像しづらいんですけれども、トレセンの厩務員さんって人事権が労働組合側にあるんですよね。先日福永祐一が引退したときに、その後(厩舎の体制は)どういうふうにするんですかって話があったときに、引退した厩舎から声をかけられるぐらいで、あくまで調教師側に選択肢があるわけではないと。厩務員さんが調教師を選ぶという形なので、この厩務員さんにちょっと反りが合わないからクビみたいなことはできないということかと思っています。

蒼:人事権が組合側にあるというのは、我々の一般企業とかを見る常識からするとかなり例外的で、厩務員の労働組合が非常に強い力を持った組織なのだなという印象を受けました。

ゆ:そうですね、厩務員さんが調教師を選ぶというようなイメージのほうが近いのかな?というふうに思います。その中でやっぱり調教師さんがどういう人がなるかというと騎手からなるという方もいらっしゃいますけれども、やっぱり厩務員経験してやっている方が多いと。馬主さんからもらうお金から調教師、厩務員さんにお金を払わなきゃいけないと、その中で馬主さんに今までこのご時世のエサ代とかも上がっている中で、さらに預託料を上げないと、厩務員さんに払うお金というのがなかなか増やせないという状況もあるので、いろいろ分かっている中での交渉なのかなと思います。

蒼:なるほど、そうですね馬主さんへの説明責任と承諾という面も、やっぱりシステムそのものを変えるというのはなかなか簡単には行かない要因に含まれるのかなと個人的にも思います。

ゆ:そうですね、加えて昔と違って外厩全盛、育成牧場でやることも変わっていると。昔だったら鞍つけるところから厩舎でやってましたというところとか。

蒼:1歳馬2歳馬のデビューに至る前の最初の育成のところですね。

ゆ:はい、そういうところから昔の厩務員さんがやっているのと、今は厩務員さんがやっている仕事もある程度変わってきていると。もちろんボリュームとしては変わってないのかもしれないんですけれども、やる範囲というのは減ってきていると。そういう中で辞めていく理由、若手が入らない理由というところというのは、同じ馬のお世話をする、馬が好きだというときに、いろんな選択肢があるというのが現在なので、その中で厩務員を選ぶかというのは一つ給料だけじゃない部分もあるのかなと思います。やっぱり厩務員といえども競馬スポーツなので、成績良い人が報われる仕組みとかそういう夢があるというのが大事なのかなというのは今回の要求に思ったところですね。

蒼:先ほどもちょっとお話ししましたけれども、進上金というシステムで好成績を上げた厩舎にはたくさんお金が入るという、そのシステムがあるのはスポーツという技能職という面から見ると、むしろそちらの方を、例えば賞金を増やすことによって進上金も増えるという形で、夢の所在がはっきりしてくるといろんな若手にとっても目指すモチベーションになるのかなというところを感じております。逆に組合側の弱者保護の観点が強すぎると、優勝劣敗の法則から離れていってしまうという課題ももしかしたらあるのかなというふうに感じました。

ゆ:そうですね、もちろん給料を増やしていくというのは必要なことだと思うんですけれども、単純に弱者救済になるような形っていうのはなかなか難しいのかなというか、それだけで主張するっていうのは少し違うのかなという気はしましたね。

蒼:踏まえますと、今回の交渉が単純に給料をベースアップしてくれというものではなかったことという議題のところで、ちょっと無理があったというふうに思われるのですが、この辺はどうでしょうか?

ゆ:そうですね、これがJRAの売り上げが上がっているから厩務員の待遇を上げろとか、インフレだからやっぱりちょっと給料を上げていかなきゃいけないよっていうベースアップの要望であれば、ある程度調教師会や馬主側も融通の余地があったとは思います。ただJRAもコロナとか色々ある中でも、やっぱり開催止めないことを凄く重視してきて、関係者の人も本当に飲み会にも行かないようにしてとか。そんな中で不正受給問題もあったりしてとか。非常にちょっと大変な状況で競馬やってましたけど、競馬場周辺の飲食店は客入らないから稼げないとか、そういうところもありましたので。やっぱり開催を止めるっていうのは、競馬の死に直結することっていうのは、昔もそうだったのかもしれないんですけど、今これだけ色んなエンタメがある中で絶対に止めちゃいけないっていうのはやっぱりあるのかなと。なのでここはちょっとなかなか調教師会としても開催は絶対やりたい、JRAとしても「はいはい、そうですか、じゃあストライキしょうがないですね」というような形にはなるとは思えなかったというところはあります。実際今回栗東トレセンのの全馬労が離脱して、競馬開催されたっていうところは、労働組合内でも実は一枚岩じゃなかったっていうところだと思いますので、この辺ちょっとやっぱりテーマはどうだったのかな?というか、今回の春闘のゴールって何だったんだろうっていうのはちょっと気になるところで。今までの春闘だとやっぱり馬主さんが調教師の先にいるっていうところもあるので、もうちょっといろいろ馬主さんからのプレッシャーがあったりするんですけど、意外とそうしたのが今回出てなくて。厩務員さんのいろんなアカウントが出ましたけど(苦笑)。そういう中で調教師さんとか馬主さんの方は、きちっと情報統制もされていると。正直ここは今回ストライキを盾にしてくるっていうのは、ある程度読まれていたというか。その中でどうやって開催するかっていうのを、かなり色々なシミュレーションが調教師会であったりとか、JRAにも相談が行っていたんじゃないかなっていうところはちょっと思ったところではありますね。

蒼:まあ推測にはなりますが、確かに予想はできる面はありますよね。

ゆ:やっぱり、ほんと競馬はなくてもいいって言われちゃうと終わりなので、やっぱり止めないっていうのは、本当に考えていかなきゃいけなくて。その時に(今回の新賃金体系の話が)競馬開催を果たして盾にして良かったテーマだったのかなっていうのは個人的には思うところですね。また今回ストライキを実行したにも関わらず、半分弱が抜けたとはいえ本日無事に開催できましたというところで、今回改めて内厩制って何なのと。先ほども話しましたけど厩務員の仕事って何なのっていうのは、一つちょっとターニングポイントになってくるのかなという気はしてます。もちろんトレセンに結構コストかけてますし、今もいろんな改善をやってますから「だから外厩でいいよね」とは多分ならないのかなとは思うんですけど。どの業界も人手不足なのは間違いなくて、適切な役割分担とか能力の分担というか、そういうところをどんどん進めていかないと、やっぱり業態が成り立たないところも、いっぱいあるというところなので。本当に厩務員じゃなきゃ内厩制じゃなきゃできないところと、一方で先ほどの育成とかですね、休ませるところに至っても、生産地は外国人人材をいろんな話ありますけど多いんですよね。そういう中でどういう風に今後の競馬を開催していくかっていうのは、今回厩務員が半分いない中でもできる、実際は厩務員の方で(開催に)参加した方もいるのかもしれないんですけど、その辺考えさせられる結果になるのかなと思いました。あとは今回栗東トレセン側の組合が抜けているっていうのは、やっぱり象徴的というかこの美浦と栗東の格差っていうのを知っている人からすると、ある程度「ああやっぱりね」と思われてしまう部分ではあるので。ただでさえ地理的に美浦が厳しいという中で、かなり関東は労働組合が強くて、なかなか馬のためにやりたいことができないなんてことも昔よく言われていた面もあるので。そこに対しても抜いてはいけない伝家の宝刀を抜いてしまったのかなっていうのは思ったところがありますね。明日はストやらないという話になって、来週以降はまだ労使交渉続くという形になるんですけれども、多分誰もが厩務員さんが安く働きゃいいなんて思っているわけではないと思うので..…。

蒼:それは、そうなんですよね……。

ゆ:もうちょっとうまく全体というか、今後に持続性があるというか。そういういい形に落ち着いてくれるといいなとは思います。途中の話にありましたが、単純な給料のベースアップとかであれば、これも推測にはなりますが、受け入れられた可能性はあるというところもあるので、この辺を足並みをうまく揃えるいい形になるといいなと。賃金体系が二重というのは普通に考えたらおかしいので、是正するべきなんだろうなと思うんですけど、一方で2011年に労働組合側も今後新しく入る人は安くていいって言っちゃってるというのがあるので.....。

蒼:なるほど。

ゆ:そのへん仁義的にも「やっぱりあれはなしね」と労働組合側が言って、そうだねって(調教師会が)言ってくれるかっていうと、ちょっと難しいところにはなると思います。

蒼:全体的な問題のありかと論点っていうところは、ゆたさんが話してくださったところがかなり的確だったのではないかと僕も思っております。どうもありがとうございました。

ゆ:身内同士で争うのもあまりよろしくないと言いつつ、賃金をもらうところは闘争ではあるので、一概にダメとは言わないんですけど、やっぱり競馬はインフラじゃないんで、もうちょっとうまくやれるといいなというのは思います。

蒼:はい、どうもありがとうございました。


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