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リフレ派に関する連載ウォッチ#5

武田真彦教授の連載12回の第5回は「量的緩和はインフレ期待に効いたのか」という記事だそうです。

結論から言えば、武田氏の記事では、QQEによるインフレ期待増加の効果を完全否定していません。
また、雇用環境改善など、国民の経済厚生に対する影響を考察しない議論に有用性を余り感じません。

僕の評価は、物価安定目標2%とその達成へのコミットメントを示し、それを裏付ける具体的な政策である「量的・質的緩和」により、インフレ期待を表す指標の一つであるブレーク・イーブン・インフレ率(BEI)などが2012年のマイナスから1%台半ばまで上昇しました。(その後、消費税率が8%に引上げられた辺りから低下してしまいましたが)
武田氏の記事では、リフレ派批判を主眼としているせいか、黒田東彦日銀総裁体制よりも前の日銀(以降、旧日銀)の量的緩和に対する評価や批判が見受けられません。公平を期すために、以下の3つの量的緩和を比較しておきたいと思います。

その3つとは、
1)旧日銀が2000年台前半に実施した量的緩和
2)旧日銀の白川方明総裁時代の「包括緩和」
3)黒田東彦日銀総裁時代の(インフレ目標付き)量的・質的緩和

これら3つを比較するうえでの評価ポイントは次の3点です。
a.物価上昇率の目標を示しているか
b.コミットメントを示しているか
c.実際に目標を達成する結果を出したか
という点で評価したいと思います。

パフォーマンスが良い順に並べると、
3)、1)、2)となります。

a,b,c の軸を◯、△、×の三段階で評価した結果が、こちらです。
1)200年台前半の量的緩和(*2)は
a:× 物価目標無し

b:△ 量的な目標への達成はコミットし実施していました
c:△ 為替レートは円安、就業者数増加、物価上昇率はゼロ近傍まで上昇

2)白川方明日銀時代の「包括緩和」は
a:△ 目途をバレンタインに、物価目標2%を辞任直前に示すも、いずれも政治的に追い込まれてからでした。
b:× コミットメントを示すどころか、金融政策の効果の限界を喧伝したり、デフレを中々認めないなど、残念でした。
c:× 過去最高の円高を記録し、就業者数減少や日経平均も7千円台に落ち込み、デフレは深刻でした。

3)黒田東彦日銀の量的・質的緩和は
a:◯ 物価安定目標を政府と共同声明
b:◯ 2年で、マネタリー・ベース2倍、物価安定目標2%を達成とのコミットメントを示す
c:◯ 予想インフレ率、消費者物価指数を引上げ、就業者数増加、有効求人倍率増加(全都道府県で1倍以上)、失業率低下(2%台)。消費増税が2度行われてしまい、物価安定目標2%には到達していませんが、やっと普通の先進国並みの金融政策の枠組みに追いついた、といった感じです。

1)の量的緩和は、インフレ目標が無いこともあり、日銀が政府の制止を振り切って、量的緩和解除やゼロ金利解除を強行してしまいました。
2)の白川方明日銀時代は、過去最高の円高やバブル崩壊後最低の株価を記録し、リーマンショックの震源地よりも実質GDPが落ち込むなど、歴史的な記録を悪い実績として残しました。
3)インフレ目標達成の共同声明を受けた日銀執行部は、物価安定目標達成のコミットメントを示し、それを裏付ける具体的な量的・質的緩和をしめすことで、消費増税が為される前までは、予想インフレ率の上昇(*3)に成功していました。

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上の図は、既に別記事でご紹介した「日本銀行の総括的な検証」の資料にあった予想インフレ率の分析です。すごい勢いで上昇して消費税率8%引上げ後に頭打ちし、2016年は下降傾向へ。

また、何より雇用環境を大きく改善させました。(*4)

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画像3

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図出典(*4)
(消費増税の悪影響を受けたとはいえ、雇用環境改善の結果は顕著でした)

こうして「量的緩和」を比べて見ると、(タイトルは武田氏でなく、編集の方が決定なさるのかもしれませんが)若干ミス・リードなタイトルと感じます。量的緩和には、200年台前半の量的緩和や、白川方明日銀総裁(当時)に実施された「包括緩和」という金融政策においても、非常に微量ながら量的な緩和が行われています。それらと異なり、インフレ目標と日銀正副総裁をデフレ派以外(黒田東彦氏はデフレ脱却よりも消費増税を優先する発言をしておりリフレ派とは言えません)へシフトしたうえで、物価安定目標達成を裏付ける具体的な金融政策として「量的・質的緩和」を掲げています。武田氏の連載では、コミットメントには余り触れられていませんが、QQEという用語が使われていたため、コミットメントを伴うQQEがインフレ期待に効いたのかを問うタイトルにした方が、経済学に詳しくない一般読者にも理解し易かったのではないでしょうか。(紙幅の関係で、批判を量的な側面に絞りたかったのではないか?とも思われますが)

僕が日本銀行へ就職を考えている学生だったならば、黒田東彦日銀総裁体制よりも前の日銀(以降、旧日銀)、および、その関係者と思しきエコノミスト等が、散々否定してきた「物価安定目標のコミットメント付き量的・質的緩和」の効果を認めてしまうことは、たとえ一部であっても避けたいと思います。旧日銀の政策が残念な結果をもたらしていたことを白日の下に晒すこととなり、就活の面談で不利になると思うからです。金融政策当局の政策やその是非の評価につながりかねない論点に言及した点は武田氏の連載を評価出来るとも言えますが、既にリフレ派や世界の超一流の経済学者やエコノミスト達が論じてきた議論を上回る知見は得られず、残念です。

金融政策で議論すべき点は量以外にも、コミットメントと質の部分も大事ですので、触れておきます。2000年台のリーマンショック前に実施された量的緩和は短期国債を中心としていました。白川方明日銀総裁時代の微量的緩和も短期国債が中心です(*5)。黒田東彦日銀時代になって実施されたインフレ目標に対するコミットメントとそれを裏付ける具体的な「量的・質的緩和」以前は、物価目標の面、コミットメント、量的、質的な部分で見劣りする内容で、物価上昇率も残念な結果でした。それらに比べると遥かにマシな結果を出しているQQEの基になったリフレーション政策を主張するリフレ派を批判しておきながら、それを遥かに下回る残念なパフォーマンスの金融政策を批判しないというのは、如何なものでしょう。何か深い御事情があるのかもしれません。

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図表出典(*5)

出典(*2)〜(*5)は、以下にまとめてあります。応援して下さる方、出典をご覧になりたい方は、ご購読をお願いします。


(*1) 量的緩和はインフレ期待に効いたのか https://business.nikkei.com/atcl/seminar/20/00039/022600006/?n_cid=nbponb_twbn

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