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岩田規久男氏の論考への違和感

岩田規久男元日銀副総裁(以降、岩田氏)の論考「次期首相の条件は量的緩和の継続」が、月刊誌Voice の24年10月号に掲載された。そこで感じた違和感などをメモ。
僕は、植田和男日銀の利上げスタンスは相当なタカ派であり、7月の追加利上げは日本経済の現状からは不要なものであり、岩田氏のご主張のように「物価安定のために為替レートを修正しようとする」ものであっても問題あり、との立場です。

1.植田和男日銀の利上げスタンスへの評価

1.1. 岩田氏のご主張

7月31日の植田和男日銀総裁会見で、追加利上げ(0.5%を壁と意識しないなどのタカ派発言)を示唆する発言がありました。これをうけて「植田ショック」と言われる株価暴落が、米国経済の景気悪化懸念と相まって、発生した、という理解です。

岩田氏は論考の中で、植田日銀総裁が「今回の展望レポートで示した経済・物価の見通しが実現していくとすれば」と、追加利上げに条件を付けたことに言及されています。この条件部分を冷静に評価すれば、マーケットの反応は植田日銀総裁発言を誤解した過剰反応であった、と評価されています。

1.2. 僕の違和感

この点に関しては、疑問があります。経済・物価の見通しをシレっと引き下げている組織の「見通し」の信ぴょう性と、それを基にして政策判断することが日本経済にとって良いことなのか、疑義があります。
日銀自身の統計である「需給ギャップ」は16四半期連続マイナス、という状況での追加利上げ決定でもありました。

  • 日本経済が過熱している訳でもないのに、金融政策枠組みの見直しに続けて、追加利上げをした。

  • 日銀の展望レポートでは、24年1月時点では24年度の実質GDP成長率を 1.2%としていたが、追加利上げを決めた24年7月時点では、0.6%と半減させていた。

図1: 2024年1月の展望レポート・ハイライト 日銀サイトより引用
図2:2024年7月の展望レポート・ハイライト 日銀サイトより引用

2. デフレ脱却失敗へのリスク許容度

2.1. 岩田氏のご主張

7月31日の追加利上げに対して、岩田氏は「リフレ派の多数はデフレ脱却に失敗するのではないかと懸念しているようである」と。

岩田氏は「金利の経済に及ぼす効果は名目ではなく、それから予想インフレ率を差し引いた予想実質金利で判断しなければならない」と指摘し、「金融引締め効果はほとんどない」とする。

図3: 内田副総裁の講演資料より

岩田氏は、物価にポジティブな情報として挙げておられる。

  • 家計消費に関する日銀と一般の認識の差異(日銀の方が消費を強く評価)

  • 企業の設備投資の増加傾向

  • 企業の予想インフレ率の上昇(コストの価格転嫁が進む予想)

  • 就業率の高さ(労働供給の制約を示唆)

日銀の見通しと同様に、人手不足で賃金上昇の傾向が続き、それを受けて企業の価格設定行動が賃上げやコスト増を価格転嫁するような変化が今後も続くと見ておられるようです。
そのうえで、日銀の見通し通り、26年度には物価安定目標を達成できるとお考えのようです。

2.2. 僕の違和感

確かに予想インフレ率が高まれば、名目金利を上げたとしても、予想実質金利は低下します。しかし、予想実質金利(1年)は内田副総裁の講演資料でも上がっています。推計値である中立金利より低いからといって、必ずしも追加利上げしても良い、ということには、ならないと思います。

予想実質金利の変化方向で見ると、予想実質金利は上がっています。
短期の予想実質金利が上がれば、資産価格下落(資産価格上昇の逆)や円安修正(円高修正の逆)、などが影響されます。

また、最も重要と思われる「2%インフレ目標のコミットメント」に関する岩田氏の言及はありませんでした。どのように評価されているのでしょうか。

図4 : 量的・質的金融緩和の波及経路(岩田規久男日銀副総裁 当時 講演資料)

追加利上げ後に公表された7月の消費者物価指数(図5)や、基調的なインフレ率の指標(図6)、実質賃金(図7)、家計調査(図8, 9 ) を見ておきましょう。

総合とコア指数は2%を超えていますが、賃金や需要の傾向がより見られると思われる、コアコア、欧米型コア、サービスではいずれも 2%を割っています。

図5 : 消費者物価指数(全国)の推移 総務省データを基に筆者作成

日銀が公表している指数でも 2%を割っています。

図6 : 基調的なインフレを補足するための指標 日銀データを基に筆者作成

実質賃金が24年の6月に続き7月の速報値では + 0.4 となっています。
しかし、上昇に寄与しているのは特別に支払われた給与(賞与など)の伸び率が + 6.2 % と高く、それを除いた「きまって支給する給与」の実質値は、-0.8% と、実質賃金のプラスの持続性は注視が必要だと思われます。

図7 : 賃金指数の推移 厚労省データを基に筆者作成

家計調査の消費支出は、+0.1とやっとプラス。実質収入は + 5.5%と伸びていますが、それからすると弱い伸びと感じます。

図8 : 消費支出 総務省より引用

単身モニター調査を加えた消費動向指数(CTI)は更に芳しくない数値です。

図9 : 消費動向指数(CTI) 総務省より引用

3. 7月の追加利上げの妥当性

3.1. 岩田氏のご主張

岩田氏は、金融政策の効果は「予想実質金利で見るべき」とご主張され、短期の予想実質金利は7月の追加利上げ後も、YCC導入以降、最低水準に近いマイナス2%近傍とのことで、金融引締め効果はほとんどない、とのご主張です。

内田副総裁の講演資料を見ても確かに - 2%をやや上回る水準です。

図10 : 内田副総裁の講演資料より引用

岩田氏は、最近のエネルギー価格などの上昇が、国際価格の上昇よりも円安による上昇分が大きいため、それを抑制することを目的とした利上げには好意的です。しかし、図11を見る限り慌てて追加利上げをするほど、輸入物価が高騰しているようには見えません。

図11 : 内田副総裁の講演資料

3.2. 僕の違和感

しかしながら、足下の消費者物価指数は、需要や賃金の影響がより強く表れると思われる、欧米型コア、サービスでは 1.6, 1.4 %となっています。(前掲の図5, 6 )
某投資家が大好きなコアコアCPIも、1.9% と 2%を下回っています。
(前年が 4.3% 上昇していたから、 (4.3 + 1.9) / 2 = 3.1 、2年平均で3%超えてるから利上げ!と仰る方も居られるようです。その方は、クルーグマンの主張を引用し、4%程度のインフレを許容と同じ人が仰っていましたが…)

経済・物価が過熱しているのであれば、追加利上げが必要となるケースも考えられます。しかし、現在の日本経済、物価は決して過熱している状況ではないと思われます。2024年の4-6月期の実質GDPが、+0.8 となったことを持って、日本経済が確実な成長をしている、と見るのは、ナイーブな議論だと思われます。
前年同期比で見た場合は、-0.8%と、マイナスに沈んでいます。

図12 : 内閣府データを基に筆者作成

政府のデフレ脱却の4指標では、GDPギャップがまだマイナス 0.6 です。

図13 : 内閣府データを基に筆者作成

4. その他の論点(首肯できる点)

そのほか、いくつか注目したポイントをメモ

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