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日銀利上げとハト派のフリ派

2024年7月31日に日本銀行が利上げを含む金融政策の引締めを発表しました。この政策変更への評価など、思ったことを書いておきます。

僕は、日本経済が強くはない現状で、行ってはいけない利上げ、という認識です。植田ショックと言われる金融資産市場の急激な変化(株価・為替レートの乱高下)だけでなく、賃上げと物価の好循環を通じた物価目標を安定的・持続的に達成することを危うくする対応だと思います。

1. 金融政策引締加速

植田和男日銀が2024年7月の金融政策決定会合で、利上げと長期国債の買い入れ減額計画、補完当座預金への付利を0.1から0.25に引き上げるなどの政策変更を決定をしました。

出典:日本銀行
出典:日本銀行

3月の金融政策決定会合で、YCCやマイナス金利を撤廃してから、4ヵ月余りたってからの追加的な金融引締めを決定してしまいました。
利上げ判断は、大きく次の2点を理由にしているようです。

  1. 経済・物価は、日銀が示してきた見通しに概ね沿って推移、賃上げの動きに広がり

  2. 輸入物価は再び上昇に転じており、先行き、物価が上振れするリスクに注意

2. 強くはない経済指標

足下の経済指標は、どのような状況だったのでしょう。
利上げが必要と言えるほど強い経済指標は見当たりませんでした。

家計最終消費支出、需給ギャップ(日銀推計)、基調的なインフレ指標(日銀)、消費者物価指数、輸入物価、賃金を見てみましょう。

図:総務省データを基に筆者作成
図:日銀データを基に筆者作成
図表:日銀データを基に筆者作成
図表:総務省データを基に筆者作成
図表出典:月例経済報告資料
図表出典:日本経済新聞

日銀が利上げの理由として挙げた
"経済・物価は、日銀が示してきた見通しに概ね沿って推移、賃上げの動きに広がり"
とのことですが、消費は弱く、物価上昇率の伸びは鈍化、実質賃金は8月6日公表の6月速報値で、夏季賞与の伸びを受けて、ようやく、+1.1%に。
持続性を見る上で重要な所定内給与は名目で前年比+2.3%(実質でマイナス)に留まっています。

"輸入物価は再び上昇に転じており、先行き、物価が上振れするリスクに注意"とありましたが、輸入物価の伸びは、口シア侵略で資源エネルギー価格高騰が起きた22年に遠く及ばない上昇幅です。

何を急いでいるのでしょうか。
僕には、経済見ずに、利上げペースだけ「オントラック」にするための行動にしか見えません。

3. 植田ショックとハト派のフリ派

金融資産市場では、株安、円高に動きました。
以下は日経平均のチャートです。

図表出典:日本経済新聞

ドル円レートのチャートです。

図表出典:Yahoo!ファイナンス

マーケットでは、植田ショック と言われているようです。

図表出典:Google トレンド

"植田ショック" を見てもなお、政治家や肩書を見ると有識者の雰囲気がある方々が日銀の利上げを歓迎しているのを見て、驚きを禁じえません。

植田和男氏を、決断力もある「日本のバーナンキ」と持ち上げていたサマーズは、流石に反省したようです。決断したのが、拙速な利上げだったからでしょう。

サマーズ氏は、特に新任のセントラルバンカーは初めて運転席に座るドライバーのように「ハンドルを切り過ぎる」傾向があると話す。日銀の場合は「あれほど長期にわたってゼロ金利政策を続けた後だから、もっと緩やかに政策をシフトできたのではないだろうか」と指摘。7日の内田真一副総裁によるコメントに言及し、「日銀は市場に対応している姿勢をあそこまできっぱりと見せる必要はなかった」とサマーズ氏は述べた。
「オリンピックの言葉を借りれば、私なら日銀から『出来栄え点』を少し減点するだろう」とサマーズ氏は語った。

出典:ブルームバーグ記事

タカ派/決定会合における主な意見

経済、物価に関して強気見通しが並んでいます。。。

(経済情勢)
●わが国経済は、一部に弱めの動きもみられるが、緩やかに回復 しており、先行きも、所得から支出への前向きの循環メカニズ ムが徐々に強まることから、潜在成長率を上回る成長を続ける とみられる。
●春季労使交渉の結果が賃金に反映されてきているなど、経済・ 物価はオントラックである。
個人消費は決して強くないが、この先春季労使交渉の結果の賃金への反映がさらに進むこと、夏季賞与が好調であることに加 えて、定額減税等もあり、底堅い動きが続くとみられる。
●個人消費はマクロでは力強さに欠けるが、ミクロでみれば強弱があり、必ずしも弱さだけではない

出典:日銀

(物価)
●消費者物価の基調的な上昇率は徐々に高まっていくと予想され、見通し期間後半には「物価安定の目標」と概ね整合的な水準で推移すると考えられる。
●中長期の予想インフレ率の上昇や春季労使交渉の結果が統計に反映され始めたこと等を勘案すると、賃金と物価の好循環が働きだしたと考えられ、基調的な物価上昇率は2%に向けて着実な歩みをみせている。
物価目標の実現の確度はさらに高まった。ただし、人手不足の結果、供給不足・需要超過の業種が増えており、物価の上振れリスクに注意する必要がある
●海外のインフレやこれまでの円安による輸入物価の上昇に加え、タイトな労働需給や、労働時間の上限規制の影響もあり、価格上昇圧力が続くと考えられる。

出典:日銀

金融政策運営に関する意見
●実質金利は過去 25 年間で最も深いマイナスとなっており、様々な指標でみた金融緩和の度合いは、量的・質的金融緩和期の平均的な水準を大きく上回っている
●金利を引き上げたとしても0.25%という名目金利は引き続き極めて緩和的な水準であり、経済をしっかりと支えていく姿勢に変わりはない。
●金融政策の正常化が自己目的になってはならず、今後の政策運営については、注意深く進めていく必要がある。
●足もとの物価を取り巻く環境を踏まえると、小幅な利上げを検討してもよい時期だと考える。なお、緩やかなペースの利上げは基調的な物価の上昇に応じて緩和の程度を調整するものであり、引き締め効果を持たない
●2025 年度後半の「物価安定の目標」実現を前提とすると、そこに向けて、政策金利を中立金利まで引き上げていくべきである。
中立金利は最低でも1%程度とみているが、急ピッチの利上げを避けるためには、経済・物価の反応を確認しつつ、適時かつ段階的に利上げしていく必要がある。
●今回の政策変更後も、物価が見通しに沿って推移するもと、堅調な設備投資や賃上げ、価格転嫁の継続といった前向きな企業行動の持続性が確認されていけば、その都度、金融緩和の一段の調整を進めていくことが必要である。

出典:日銀

弱い消費、マイナスの需給ギャップ、3四半期連続で実質GDPはプラスとは言えない状況なのに、タカ派過ぎる発言が並んでいて、クラクラします。

タカ派/植田和男総裁会見

(個人消費の弱さを指摘する声がある中で、追加の利上げを問われ)
植田和男日銀総裁
"今回、政策金利を引き上げ、金融緩和度合 いを調整することが適切であると判断しました。先行きについても、先ほども申し 上げましたが、経済・物価情勢に応じて、引き続き政策金利を引き上げ、金融緩和 の度合いを調整していく方針です。"

別の質問に対する植田和男日銀総裁のタカ派発言を以下に。
”金 利の水準あるいは実質金利でみれば、非常に低い水準での少しの調整ということで すので、景気に大きなマイナスの影響を与えるということではないというふうに思 っております”

"引き続き金利を上げていくという考えでおります。 その際に 0.5%は壁として意識されるかというご質問だったと思いますが、そこは 特に意識しておりません。"

"あるいは見通し対比、上振れるというような際には、短期金利の一段の調整があり得るということかと思います。ただ、その前提として、デ ータや情報の確認ということになりますが、その際には、大した利上げではないですが、ここまで上げてきた利上げの影響についても確認しつつということに当然なるかと思います。"

"非常に低い水準にある金利を 経済・物価情勢に合わせて少しずつ調整をしておいた方が、先に行って慌てて調整 するという事態に追い込まれたときに、ものすごい急激な調整を強いられるという リスクを減らすという意味で、全体としてはプラスになるという考え方もあり得る かなというふうに思っております。"

"[物価]見通しに対して現実が上振れる というリスクとしては、かなり大きなものであるというふうに評価したうえで、そこまで含めて政策的な対応を今回は打ったということでございます。"

"25bps に上がったといっても、非常に低い水準ですし、実質金利で考えれば、非常に深いマイナスであります。従って、強いブ レーキが景気等にかかる、というふうには考えていないということです。"

ハト派のフリ派/内田日銀副総裁講演

内田副総裁が植田ショック後の講演で次のような発言をしたことが報じられると、ハト派という印象を受けた株式市場では株価上昇という反応を見せました。

先行きにつきましては、結論から申し上げますと、内外の金融資本市場の急激な変動がみられるもとで、当面、現在の水準で金融緩和をしっかりと続 けていく必要があると考えています。

出典:2024.08.07内田副総裁講演

しかし、足下の日本経済が決して力強く成長していない状況で利上げをする組織のメンバーのご発言です。金融資産市場が落ち着いていたら利上げを躊躇しない、とも受け取れます。下図は、内田副総裁の講演で示していた実質GDP成長の見通しです。24年1月の展望レポートでは、24年度は1.2%成長だったものが、0.6%に引き下げられていますが、「オントラック」と強弁しています。日本の金融政策を任せても大丈夫なのでしょうか、植田和男日銀のメンバーに。

出典:内田副総裁講演資料

底堅い、とする家計部門、コロナ前に戻っていない実質個人消費などを見ると、利上げは消費を下押しし、消費者物価も下押しするのではないかと心配になります。

出典:内田副総裁講演資料

おわりに

オリビエ・ブランシャールは、2024年4月29日に、次のように警鐘を鳴らしたそうです。

Japan would face "a fairly strong" recession if it were to raise interest rates, Olivier Blanchard, former chief economist at the International Monetary Fund, said on Monday.

訳 日本が利上げをすれば「かなり強い」不況に直面するだろう、ブランシャールは述べた。出典は以下の記事です。

Higher rates could knock Japan into recession, says former IMF economist Blanchard | Kitco News

植田和男日銀総裁が利上げ発表直後の株価上昇を見て、利上げは問題なかった、会見後の株価下落を受けて、会見内容はダメだった、などとする発言も投資家の中にはあるようです。

金融政策は物価の安定、雇用の最大化に割り当てるべきもので、投機や投資家のためのものではないことは、忘れてはならないでしょう。

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