突然の立ち退き通知、な話し

去年12月末。
年内の夜勤をすべて済ませ、朝方に会社から帰ってきたら、家のポストに変な茶封筒が入っていた。

ひっくり返すと大家の名前が書いてある。

今のアパートに住み始めて五年ほど経つが、これまで大家から手紙が来たという事が一度もなかった。

そもそもゴミの分別はちゃんとやってるし、契約の更新料も払ってるし、今まで一度も家賃も滞納したことないし。。

一体なんだろうと思って中を見てみると。んおぉ?と玄関先で変な声を漏らしている自分がいた。

平素はお世話になっております。
貴殿におかれましてはご清祥のことと存じます。
さて、次回更新が令和4年6月となっておりますが、当アパートはここ一年以内に取り壊すこととなりましたため、次回更新はお受けできなくなりました。
着工等の詳細は未定ですが、更新料はいただきませんので、更新日到来日以降も居住していただいて構いません。
着工が決まりましたら規定により半年前までにはご案内させていただきます。ご不明な点がございましたら不動産業者までご連絡いただけますようよろしくお願い申し上げます。(原文ママ)

ちなみに住んでいるアパートは築二十年を過ぎた程度で目立った老朽化はない。

取り壊しの理由などに一切触れず、こっちの引っ越しとか、もろももろの補償とかについても一切触れていない。

もっと色々書かなきゃいけない事があんだろうよ、と思いつつ、慌てても仕方ないのでともかく手紙に書かれていた通りに不動産屋に電話する。

不動産屋も今回の取り壊しの内容をまだ知らされていなかったらしく、大家にこれから事実確認をします言った後に折り返しになる。


それから、結局夕方過ぎに電話が入った。

不動産曰く
「まだ色々決まっていない事があるようですが、入居者の方に迷惑がかからないように、半年以上前に通知だけして下さったようです」との事。

詳細は年明けに改めて伝える、という事で、宙ぶらりんにされたまま年を越すはめになる。

それから約束の年明けを過ぎ、一月の半ばを過ぎても一切連絡が来ない。


月の終わり頃にしびれを切らして仕方なく不動産屋に連絡する。


自分「この前の取り壊しの件どうなってますか?」

不動産「以前のお知らせの通りです」

自分「年明けに詳細の連絡来るはずだったんですが、まだ来ていません」

不動産「こちらにも大家様から連絡は来ていません」

自分「ちなみに、半年前通知と一緒に立退料に関する話もセットであるはずだと思うんですが、そういった話は聞いていますか?」

そう言うと、不動産業者から予想もしていなかった発言が返ってくる。

不動産「……あのですね、立退料というのは、あくまでも大家様のご厚意なんですよ。当たり前と思わないで下さいね」

薄々気づいていたが、不動産屋は最初からこちらに寄り添うつもりが一切ないようだった。 

仕方がないので、核心の部分をはっきり言うことにした。

自分「不動産屋なら借地借家法くらい知ってますよね?半年以上前の通知正当事由の提示はこういう場合必須だと思うんですけど?立退料は正当事由の補完の部分に入りますよね。それは別に厚意とかではないんじゃないですか?」

この程度の法律の話しは今時スマホで調べればすぐに出てくるのだが、不動産屋はこっちが想像以上に法律の知識がある事にたじろいだのか、明らかに動揺し始める。

しばらくしどろもどろで要領を得ない説明を続けたあとに

「……とにかく、うちは仲介ですから、どちらの肩を持つこともできません」と、のたまう。

後に続くこの発言もつっこみどころ満載だったが、この担当者と話しを続けても時間の無駄だなと悟った。

「じゃあ、直接交渉するんでもういいです」というと、相手は安心したように「そうですか、何かまたお困りの事があれば連絡して下さい」と、さらにのたまう。

それから、契約書に書いてある固定電話の番号と、不動産屋に教えて貰った携帯番号にかけるも、大家は一向に電話に出る気配がない。

住所はすぐ近くだったので直接家まで行くも常に留守。その後数日とかけて電話をかけ続けるも、応答の気配がない。

ここまで淡々と一連の出来事を書いたが、実際は想像以上のストレスだった。

何の準備もないまま急に住まいを変えなければいけないという不安もあるし、大家と不動産屋の対応に日々怒りも増幅してゆくし、それを抑えるためのエネルギーがごりごりに削られていく。

暇なときにスマホで、「大家 立退料 払ってくれない」などと検索すると似たような事例がわんさかと出てくる。

別に、意地になって今の部屋に居座り続けたいとか、高額な補償を請求したいなどとは微塵も思っていない。

立退料が払えない理由があるならその説明をして欲しいだけだし、常識を守った対応がして欲しいだけなのに、どうしてこんなに不誠実な事ばかりするのだろうか。


そう思っていた二月の半ばに、ついに大家から二通目の通知が来る。

平素はお世話になっております。
貴殿におかれましてはご清祥のことと存じます。以前お知らせいたしました当アパートの取り壊しに際し、下記期限までにご退室いただくようお願い申し上げます。
「期限:2022年8月31日」
ご不便ご迷惑おかけいたしますが、何卒ご理解のほどよろしくお願いいたします。また、不明な点がございましたら不動産業者までご連絡いただけますよう、よろしくお願い申し上げます。
※お伝えしている通り、期限までに更新を迎える方は、更新料はいただきません。

ちなみに、賃貸でも住む側の権利は借地借家法で保護されており、大家側はよほどの理由がない限りおいそれと追い出す事はできない。

立ち退き訴訟になれば本来払うべき立ち退き料を超えた弁護士費用がかかる可能性もあるし、工期が遅れればそれだけ大家にとっては損失になる。


つまり、普通の頭で計算すれば、妥当な金額を提示して合意して退去してもらった方が得なのである。

しかし、以前レオパレス問題で似たような事例があったが、退去が強制であるように見せかけて、法律の知識のない居住者が「分かりました」と素直に出ていけば部屋を貸している側は一円も払わずに済む。
つまり、自分のケースもそれに近い可能性が高かった。

何より「半年前通知」だけ知っていて「正当事由」は都合よく忘れるというのも不自然だ。更新料はいりません、という項目でお茶を濁そうとしているとしか思えない。

インターネットで調べた法律関係の記事を何枚もプリントアウトし、もしもの時のために立ち退き訴訟に強い弁護士事務所を探して置き、通話録音アプリをスマホに入れ、交渉のための動画をいくつも見ながら、気づいたら一週間経っていた。

そして朝昼晩朝昼晩朝昼晩かけつづけてようやく大家に繋がった。
こちらの名前と住所を伝えた上で、さっそく本題に入る事にする。

自分「取り壊しの件ですが、立ち退きに関わる通知をする時は、半年前の通知と正当事由の必要だと思うんですがどうなっていますか?」

大家「あぁ、その点の記載については忘れていました。アパートを取り壊して一般住宅を建てようと思っています。あちこち古くなって不具合が出てきているもので」

そこで相手が急に話しを切って一瞬の間が訪れる。こちらがそれで引き下がる事を期待している雰囲気があり、立ち退き料の話について触れるつもりがないようなので話を一気に詰めていく。

自分「僕の部屋はどこも不具合なんて出ていないですけど?具体的に不具合というのはどこですか?」

大家「他の部屋からは連絡が来ています。水道管とか台所のシンクなどです」

自分「大家さんなら借地借家法はご存じだと思うんですが、その程度で正当事由にならない事はご存じですよね?」

ここまで話を詰めていくと、不動産屋同様、大家の返事がだんだん要領を得なくなり、変な沈黙が流れるようになる。
不動産業者も同じだったが、はなから居住者には法律の知識が皆無だと思っている節がある。
また、明らかに立退料の話から逃げようとしている雰囲気が出ているため、そろそろ核心の部分に移る事にする。

自分「今、法テラスに行って弁護士と話をさせてもらっているんですけど、その場合、正当事由の補完として、こちらの引っ越し代などにかかる経済的給付が必要ですよね?」

ちなみに法テラスにはまだ行っておらず、相手を追い込むために嘘を一発かましてやったわけだが、しかしこれが驚くくらいに効果を発揮した。

大家「……その点に関しては、これから個々に連絡させていただくつもりでした。ただいま、不動産業者や司法書士と妥当な金額の見積もりを取らせています」

自分「不動産業者からはそんな話は一切ありませんでしたよ?」

大家「いいえ、こちらからは伝えてあります」

自分「ちなみに具体的な金額の提示はいつになる予定ですか?」

大家「……八月頃に」

自分「八月末に退去を求めているんですよね?」

大家「はい、夏前にはお知らせさせていただきます」

法テラス、弁護士、というワードを出した瞬間に一瞬で相手が弱腰になった感じだったが、念には念を入れて次のような事を言った。

自分「あのですね、こちらには賃借権というものがあるんですよ。納得が行かなければそのまま家賃を払い続ければ法定更新で住み続けられます。それだと困りますよね?」

ちなみに大家さんは70代ぐらいの年齢で自分の親より年上である。そんな相手に僕みたいな青二才が説教じみた口調で物をいうのはかなり気が引ける感じだったが、「はい、おっしゃる通りです。申し訳ありませんでした。話が決まり次第、またご連絡させていただきます」と、最後は向こうが素直に謝って電話を切った。

話がようやく終わったと思った。 


後で録音を聞き返したけど、一切声を荒げずに淡々と交渉できた自分、マジで偉いなと自分で思った。

とはいえ実際の金額はまだ出ておらず、支払いが済むまで解決とはいえないけど、一通り伝えたい事は伝わったと感じている。

今回、話をつける前に色々と調べてはいたのだけれど、立退料の具体的な交渉の実例についてはネットでもあまり詳しく知ることができなかったため、今後、同じ問題で困った人がいたら参考になってくれればよいと思って載せることにした。

万が一立退料の交渉が必要な場合は

①法律についてしっかり調べている事をアピールする

②法律の専門家の後ろ盾があり、必要であれば訴訟する準備もできている事を仄めかす

以上の二点は交渉の際に伝えておくとベターだと感じた。
あと、立退料の交渉に強い弁護士事務所なども万が一に備えて調べておくと安心かもしれない。

ちなみに、住んでいた賃貸物件が取り壊しになった、という話をこれまでに二人の知人から聞くことができたが、いずれも大家さん側から立退料の話は最初の時点でしっかりとあったようだ。

大家さんにも、他人に部屋を貸すというビジネスをしているのなら、相手の生活に配慮するマナーというのは最低限持ってほしいと切実に感じた。

おしまい

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※追記

期日二か月前になってようやく具体的な金額が提示される。

●補償は家賃半年分+引っ越し代として5万円

相場通りの内容でひとまず安心できた。




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