『孟子』94 離婁上ー孟子の言葉(15)手を引き合って溺れゆく

孟子は言った。

「夏の桀王(けつおう)や、殷の紂王(ちゅう)が天下を失ったのは、民を失ったということだ。
民を失ったということは、民の心を失ったということだ。

天下を得るには道がある。
民を得れば、天下を得たということだ。

民を得るには道がある。
民の心を得ることが、民を得るということだ。

民の心を得るには道がある。
民が望むものを与えて集める。
そして、民がいやがるようなものを施したりしないことだ。

民が仁者に帰服するのは、水がしたに流れて行き、獣が広野を走り回るのと同じだ。

ゆえに、淵に集めるために魚を追い立ててくる者がいる。
カワウソだ。
繁みに集めるために、スズメを追い立てる者がいる。
ハヤブサだ。
そして、湯王(とうおう)や武王(ぶおう)のもとに集めるために、民を追いたてた者たちがいた。
夏の桀王と殷の紂王だ。

今、天下の君主で仁を好む者がいれば、諸侯は、こぞって民を追いたて、あつめてくれるだろう。
こうなれば、王者にはなりたくないと望んでも、ならざるを得なくなってしまうのだ。

ところが今、王になろうと望む者は、まるで、七年にわたる病にかかりながら、急に、お灸に必要な三年乾かしたモグサを求めているかのようだ。
事前に、モグサを蓄えもしていないのであれば、結局、モグサを手にすることは叶うまい。

だから、仁であるように心がけなければ、生涯、屈辱を受けることになり、挙げ句に、死と破滅に陥ることになる。

『詩経』にはこのようにある。
〈なぜそれが善いと思うのか。
手を引き合って溺れ行くのに。〉

これは、つまりそういうことなのだ。」

*以上、『孟子』94 離婁上ー孟子の言葉(15)手を引き合って溺れゆく


【原文】
孟子曰、「桀紂之失天下也、失其民也。失其民者、失其心也。得天下有道、得其民、斯得天下矣。得其民有道、得其心、斯得民矣。得其心有道、所欲與之聚之、所惡勿施爾也。民之歸仁也、猶水之就下、獸之走壙也。故為淵敺魚者、獺也。為叢敺爵者、鸇也。為湯武敺民者、桀與紂也。今天下之君有好仁者、則諸侯皆為之敺矣。雖欲無王、不可得已。今之欲王者、猶七年之病求三年之艾也。苟為不畜、終身不得。苟不志於⁵仁、終身憂辱、以陷於死亡。『詩』云〈其何能淑、載胥及溺〉、此之謂也。」

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