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 入り口で100円を入れ、ゲートをくぐり、目の前にある階段の脇にあるいくつかの新聞を掴み、出走表を掴み、階段を上る。エスカレーターの方はたくさんのおじさんに陣取られていて、乗れないというか乗らなかった。おじさん、わたし、おじさんというふうに挟まれてしまう。階段を上り切ると息が切れ、はぁ、はぁと声にならない声が出、心臓がバクつき目の前にある椅子に腰掛ける。お惣菜の匂いが鼻の中で暴れ出し、ふと、横を見ると、いかにもくたびれているおじさんが、お弁当をかきこんでいた。おじさんと反対側の方に目を向けると、小さな売店があり、お弁当の他にホットドックや焼きそば、あんまん、肉まんなどが売られている。売店にいる売り子のおばさん? おばあさん? らしき女性は店番をしつつたまには人目を盗んでおにぎりでも食べているかもしれない。わたしだったらそうするかもな。そんなことを思い、自分のいやしさに自嘲する。おじさんはまだお弁当を食べている。気怠そうに。出走表を見ながら。茶色の上着はかなり年紀が入っており、その下に着ているネルシャツは色あせた緑をし何色だか判別が苦しくなっている。顔はシミだらけだし、無精髭。靴も元は黒だっただろうが泥か何かが付着し所々白くなっている。あのさ、おじさん。とゆうか、ここにいるおじさんたちにいいたいんだけれどね。いいかな? 舟券を買う前に自分の服、あるいは靴、はたまた身なりを整えようよ。舟券もいいけどね。ほら、汚れた服装は心の乱れっていうでしょ? ちょっとでも高価なものきれいなものでも身につけて来たらジンクスじゃないけれど、当たるかもしれないとおもうの。あ、ごめんなさいね。これ、わたしの勝手な見解だし。まあ、聞かなかったことにしてね……。
【締め切り3分前です……】
 そのアナウンスにはっとなる。おじさんに気を取られてしまいまだ出走表を見ていない。オッズは? テレビに映っているオッズを見に行ことすぐ近くにある場所に移動する。おじさんの中に紛れつつ顔を上げテレビの中の数字に目を向ける。メガネが曇っていて、不快であり、メガネを服の袖で拭き、またかけ直す。マスクもうざい。
 時間がない。5レースに間に合うように来たのに、おじさんのせいで、おじさんを観察したせいで夏休みの自由研究のために来たのなら『おじさんの生態』とゆう題名にし、非常に観察出来褒められたかもしれないけど。違うじゃないか。わたしはおじさんをかきわけ、マークシートの紙を取り慣れた手つきで決めてある番号を黒く塗りつぶしてゆく。手が、かじかんで震えてしまうのは時間もないし、あの小さな欄をごま塩みたいに塗るのが苦手なのだ。横にいるおじさんを横目で見るとなんてことでしょう。見事にうまく塗っており、拍手をしたい衝動に駆られるのをグッと抑えなんとかマークシートを塗り発券機にお金を入れマークシートとを入れ、舟券をなんとか購入した。いやな汗が脇にたまる。決して暑くないのに。舟券を握りしめ、おじさんの波を泳ぎ歩き出す。何十メートルほど歩いたところにある階段を降り、1階に出る。1階はひどく寒く、喫煙所にまず入った。タバコを取り出し火をつける。目の前で走るのが見たくいつも1階で、生でレースを見るようにしている。タバコを吸い、ガラス窓からおもてを見る。喫煙所もおじさんばっかり。わたしはため息をつき、煙を細く吐き出す。雨が、いっそう強くなった気がしてならない。風も出て来ている。
 出走の時間になる。けれど風が強くおさまってから出走するという案内が場内に響く。これじゃーなぁ、このレース、荒れるよ。どこからか声がし、おいおい、だの、ウゲーだの動物園の生物のような唸り声がし、わたしは喫煙所から出ておもてに目を向ける。雨嵐。こんな雨で走れるのだろうか。一抹の不安がよぎり、舟券を握りしめる手に汗をかく。お待たせしました。という声が聞こえたと同時に風と雨はなんとなく緩和をした。今からレースを再開します。ピットの方を見やる。選手達がモーター音を鳴らし出てきた。
 選手の紹介をいうアナウンサーはなんというか舌足らずだなとおもう。と、聞いていたら
『あああ!』
 アナウンサーの声がし、なんだ、なんだとキョロキョロしていると、舌足らずなアナウンサーが大声で
『これは、早い! 全艇フライングです!』
 は? わたしは舟券をまた握りしめる。
『なんということでしょう』
 まだアナウンサーがお大げさに話している。
『全額返還になります。お手元にある舟券は捨てないでください』
 うまく状況が把握できずわたしは雨の中佇んでいた。次のレースに出る選手の案内の声がし、モーターオンがし、展示タイムが反映される。
 払い戻しに……。1万円買っていた。誰が来るかわからないレース。けれど、こんな、まさかな、全艇フライングでレースが中止なんて。初めての経験だった。
「まあ、風がよ、強かったしよ。選手も読めなかったんだろうなぁ……」
 払い戻しの機械に並んでいるとおじさんとおじいさんが話していてわたしもなんとなくうなずきその後払い戻しをし、10レースまでレースをしたが、悪天候な日は本当に荒れる。損をしたが、そんなことなどはどうでもよかった。帰りがけに売店でフランクフルトを買い、ベンチで食べた。隣にいたおじさんは、饅頭を食べていた。草饅頭だろうか。緑色だった。おじさんは帽子を深く被り、日焼けした手でムシャムシャと食べており、咀嚼音がどうしてだか下半身を疼かせた。誰かとしたいと猛烈に性欲が湧き上がり、今ここで裸になり自慰をしてみたらどうだろうか。とおもい、いやいやまさかそんなと首を振り、けれどわたしはその日に焼けた手をじっと見つめその手で陰部を弄ばれていることを想像し、頬をバカみたいに赤め妖艶にフランクフルトを食べていた。

※浜名湖競艇初日。5レース。全艇フライングの実話です。笑

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