ミシン
「うそだろ?!」
料理もできず、片付けもできず、愛想もうまくできず、なにもかもうまくいかない絶望的人種なわたしにもひとつだけ特技がある。その特技を吐露すると
「うそだろ?! 想像もできないし」
だれしもがそう信じられないとばかりな口調でそういう。
「ほんとうだよ。これ、このバックわたしがつくったんだ」
どこにでもありそうでなさそうなトートバックをみせながらどうだというようにみせる。どれどれ。手にとってまじまじと見入る。見入ったところでハンドメイドが量産品なのかわかるわけがない。
「ほんとうなんだって!」
だれも信じてはくれない。まあいい。だってわたしとミシンなんてまるで似つかないのだから。
高校生は商業科だったけれど、家政科にも力を注いでいる高校だったので食物科と被服科に分かれた段階でわたしは被服を選んだ。
ミシンはそこで習い、虜になった。ブラウスやワンピースエプロンなんでもつくった。ふーちゃんさ、ミシンだけうまいね。すごいね。ともだちが極端に少なかったわたしに被服の時間だけともだちができた。
いま、考えるとわたしにともだちができなかったのはわたしがすましていたからだ。いまでいうところの合コンにも一回も誘われたことはない。誘ったら最後。皆わたしに興味を持ってしまう。とくにきれいでもないけれど、確かにかわいかったんだとおもう。
それは高校を卒業してからしった。
『かわいいとおもいやがって』
男と付き合うたびにいわれた。かわいいけれど軽い。信用できない。わたしはいつも本気だったけれど相手は愛想を尽かしてわたしを捨てた。だからいままでの人生でいつも振られてばかりだ。男を振ったことなど一度もない。
表面だけで大体のことが決まってしまう。内面はその後でついてくる。表面だけで付き合い中身を知るまえにもう終わり。なんだそれ。やり捨てか? いつもおもっていた。まあいまでもそうおもっている。
見た目じゃないぞ。そういいたいけれど歳をとりけれど見た目じゃないぞ。といまあらためておもう。
話が逸脱したけれど、ミシンを使って最近内職をはじめた。小物を商業用ミシンで縫っていくのだ。内職だし単価は激安だ。けれどミシンを使い仕事ができるなんて嬉しいしまた勉強の感覚でおこなっている。
べつにお金に困っているわけではない。
たまにヘルスの仕事にもいっているのだから。ヘルスの仕事を月3日いけば正直なところ平気で生活ができてしまう。
ヘルスの仕事はもうなんというか慣れで抜けることがむずかしいので需要がある限りまだやめそうにない。やめるやめる詐欺だ。
男に夢(たまに悪夢)を売り生きてきたこの世界で内職をしているなんて笑えるけれど、いやこれも立派な仕事だとおもい真面目にやっている。
ミシンができてよかったなとおもった。
内職のおじさんが帰ったあと、修一さんにあった。最近10日に一回はあっている。
『あついね』
『4時で』
あついねというメールのあとすぐに返ってきた返信がもうあうことになっていてついふっ、と笑いがもれた。
あって喋るだけだしするだけだ。けれど、習慣なのか急にあいたくなってしまう。
いつもの待ち合わせ場所にいくともう修一さんは待っていた。内職のおじさんがなかなか帰らなかったからちょっとだけ遅れたのだ。
おそい。とは決していわれない。
「待たせてごめんなさい」
待ち合わせ場所のドラックストアにはたくさんの車が停まってる。ここはまずいよな。などと以前いっていたにも関わらず、わたしたちがバカなのか学習をしないのかまた同じ場所を使っている。
助手席に乗ると、足元にはいつものようたくさんの資料が置いてあり、そのまま踏んでいいよといわれる。う、うん。それでも顔をしかめながら踏むことをはばかり手でどかす。
シートベルトをするとき修一さんの横顔に目をやる。ドキドキするしいまだに緊張をする。わたしなのにわたしではなくなる。急になにか着ぐるみでも被ったかのように大人しくなる。
ひとことふたこと言葉を交わし、いつもいくホテルの暖簾をくぐる。
「もう、なんかさ、最悪な現場で、」
仕事のことで頭がいっぱいなのはわかっている。修一さんはつらつらと業者にまつわる愚痴をつぶやき、それに比例してアイコスの本数とハイボールの量が増えていく。
このホテルはメンバーさんだけドリンクが無料で、修一さんはいつもハイボールをたのむ。そして結構濃い。極度のストレスが溜まっているのはわかる。わたしには耳を傾けることと体を提供することしかできない。
「もういっぱい頼んでいい?」
「だめ」
速攻で応える。帰るころには酒は抜けるけれど、いまからそういったことをするのでハイボール2杯はまずい。
「大丈夫だよ。薄いし」
いやいや、薄くないし。むしろ濃いってこの前いってたでしょうに。
大丈夫。同じことをまたいい、2杯目をあおった。
顔にでないタイプなので酔っているのか酔っていないのかまるでわからない。それでもベッドに上がればわかってしまう。唾液を交換するのだから。わかってしまう。
途中わたしの中からでていき、ちょっと休憩すると横になる。
「だから、いったでしょ? 飲み過ぎだって……」
うん。といったのか、ああ。といったのかわからない。部屋はいやに静寂だったのに。
抱き合っている時間が長くなるから酔っていてもかまわないよ。そういおうとしてやめた。
裸のまま川の字になり、薄暗い部屋の中、白い天井をぼんやりとみていた。脚と脚がなんとなく触れ合っている。それだけでも嬉しいなんてわたしはどうかしているとおもう。脚をゆっくりとした手つきでなぜられる。めずらしい。わたしはなんとなく修一さんのものを触る。さっきまでアルコールによりのぼせていたものがムクムクと屹立しだす。上からため息だけがふってきて、たまらないよというのが屹立越しに伝わってくる。
「いいよ」
その声に、わたしはうなずきながら修一さんの上に乗り、屹立を手で持ちながら切っ先を自分の割れ目に上下にスライドさせる。
なにもしていないのに、蜜穴はもうぬるぬるになっていた。準備は整っている。わたしは蜜の穴に修一さんの屹立を切っ先からずぶりと差し込んだ。
そのまま修一さんの胸に倒れ込み、唇を探し唇でふさいだ。そして、唾液を交換するように舌を絡ませた。ネチャネチャという卑猥な音と蜜の穴に入っているものとの音がないまぜになりいやらしい。「いやっ!」恥ずかしくなってつい声を上げる。いや、いや。いやではないのにいやだといってしまう。
上から突き上げるよう腰を浮かしわたしの体内を貫いてくる。快感だけが押し寄せ涙がでそうになる。最奥からまたなにかがしぶいてくるのがわかり、パシャと音がしシーツに付着した気がした。
上にいたわたしを今度は下にし修一さんが何度か目の抽送であっけなく果てた。
「……、ごめん」
なんで謝るんだろう。なんで……。いいかえす言葉がなかった。
「酔いが、覚めてきたからから……」
「そ」
2度も抱き合うなんておもってなくてあまりないことだったのでわたしもおどろいたしけれどもっともひどくおどろいたのはまさかでないと諦めていた彼のほうだろう。
男と女なんて何度抱き合ってもおどろくことばかりだ。長い付き合いほど奥深くおどろくことが多い。
「もう、100回はしたよね。多分」
終わって今度はベッドの上に座っている。ティッシュがそこらじゅうに無惨にばら撒いてある。まるで書けない小説家の原稿用紙のように。
ふっ、と笑いながら修一さんが、もっとだろとあきれたような声をだした。
「もっとしてるよ。多分嫁さんよりもしてる」
「あ、それ、前にもいってたよ」
あれからまた回数が増えたねとわたしも笑った。なにも抱き合うだけが全てではない。抱き合うだけが。
けれど、わたしはそれだけでもいい。
「それだけでもいいよ」
ベッドから起き上がり浴室に向かう修一さんの背中に声を投げかけた。窓の隙間からラブホの看板のネオンが垣間見え、その細い灯りをぼんやりと眺めている。
わたしはわたしたちはこの先どうなるのだろう。その灯りの先にこたえがあるような気がして灯りの先端を目で追った。
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