見出し画像

雪だるま

 さむい。すごくさむい。
 わたしはさむいさむいといいながら直人の足に冷たい足をくっつける。わっ、冷たいっ。とても大げさに叫び、そんなにぃ? とわたしはクスクスと笑う。寝入り端。
 明け方。薄っすらと空が白み始めてきたころ、直人カーテンをあけ、ほら、みてみ。といいまだはっきり目があいていなくそして夢うつつのわたしに声をかける。ゆさゆさと肩を揺らして。
「わっ、」
 おどろいて、振り返り直人の顔をみ、そしてまた窓の外に目をうつす。つもったね。そんな顔をした直人をまた振り返り、だからこんなにさむかったんだぁと納得をする。
「いちめん真っ白だぁー」
 雪がつもっていたのだ。
 わたしが住んでいる地域ではあまりというか滅多なことでは雪は降らない。だからとてもおどろいたのだ。
「めずらしいなぁ。つもるなんて」
 直人のが背後から聞こえる。ほんとうにめずらしいことなのでしばらくほおづえをつき布団に足だけ突っ込んでおもてを眺めていた。
「さむいだろ」
 せめて、なにか着てよ。裸だったので直人が直人のスエットの上着をわたしの上にのせる。暖房は効いているからいうほどさむくはない。のに。裸だとどうしてもさむそうにみえるらしい。うん、とうなずきつつ起きあがってスエットを着、ついでに下もはく。なんで? 声にはださないけれど直人の顔はそうものがたっていた。
 ブカブカのスエットの上下を着て、コートを羽織り、雪がつもっている直人が日曜大工で作成をしたテラスに裸足ででる。
 しゃがんで雪をさわる。かき氷みたいにふわふわで、まるめるときちんと固まった。裸足なのにさむさすら忘れていた。わたしは必死で子どもが砂でお城でもつくるかのように雪の玉をふたつつくった。手のひらサイズの大きさで。手の感覚がなくなっていた。ふたつを重ねて雪だるまをつくる。われながら上出来だった。ドアをあけ、部屋にはいる。異様に部屋があたたかく感じ、そして、ねぇ、みてみてとテレビの前でぼんやりしている直人に声をかける。
「おおっ、雪だるまだ」
 以上だった。とくだんどうでもいいやというような口調だった。朝からラーメンを食べたらしく、コンビニのとんこつラーメンの空が無造作に置いてあった。
 ひどく体が冷え切っていた。あたり前だ。かれこれ20分は極寒の中にいたのだから。そのまま冷たい空気をまとったままで布団潜りこむ。足の先の感覚がない。裸足だったことをとても悔やんだしバカじゃんと自虐をした。やっと、布団の中が温まってきたころ、足の先の感覚が戻ってきたころ、手、冷たくないか。と小さな声がし、そのころになるとわたしはまた眠りの中に引き込まれつつあり、現実と非現実との合間でたゆたっていた。
 横からひとの気配がし、それが直人だとわかってはいるけれど、凍死かというほど冷え切った体はもう眠気をさまたげることはできそうにもなく直人がわたしの体の中をまさぐり入ってきても頭がぼんやりしてけれども声はあたりまえのようにだしていた。
 気がつくと部屋のテレビは消えておりわたしの横にはまた直人がいた。スースーと寝息を立てている。そしてなぜか裸だった。それにとても幸せを感じた。

「子どものころなんていつも雪が降ってた。つららなんて1メートルなんてざらだったしね」
 直人は石川県民だから毎年この時期になると子どものころの話をしてくれる。
「かまくらもつくったな。そういえば。で、つららでひとを刺した」
「かまくらかぁ。いいね。うん。こっちってそんなかまくらをつくるほどつもらないでしょ? ずいぶんとうらやましいな。でもひとは刺さないでしょーに」
 ふふふ。わたしは苦笑いを浮かべる。
 いやいや、さむいだけだったし。真顔でそういい直人は鍋から白菜を取りだし口の中にほおった。昨夜は鍋にした。とり野菜みそ鍋。これも石川県が発祥だ。最近では全国的にとり野菜みそが売られている。
 能登半島の先端。直人の生まれた街にいちどおとずれたいなとおもっている。

 カーテンをそっとあける。雪はまだちらほらと降っていたけれど太陽はでており気温があがったのか雪は溶けてなくなっていた。さっきみた、真っ白だったいちめんの銀世界はもうすっかりとあとかたをなくしていた。
 まさか夢? わたしはけれど夢ではなかったことをしる。
 20分かけて冷たいおもいをして直人にみせたくて手を真っ赤にして作成をした小ぶりの雪だるまがまだ少しだけ生きていたのだ。テラスにひとり。のベーっととけだしている。ぜんぶなくなるのはもう時間の問題だ。
 せっかく、つくったのに。と口を尖らせてみるけれど、けれど雪だるまはもう生きかえることはない。
 太陽のまばゆい日差しがとけてなくなりそうな雪だるまを直撃しさらにおい打ちをかける。じっとみまもるしかない。いつかは溶けてなくなるのだ。
 体育座りをし、メガネをかけ窓の外に目をむける。空気が動く気配がして振りむく。
 直人が横を向きわたしをじっとみており、目があうと直人はゆっくりと目を伏せた。 

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?