見出し画像

青い鳥

「俺の一番好きな生き物ってさ、ほんとうは犬じゃなくて野鳥なんだよね」
 昼ごはんをいっしょに食べよう。と誘われてあわてて支度をし(起きたのが10時半を過ぎていたし、誘いの電話があったのが11時ちょっと過ぎだった)支度といっても軽くお粉をはたき、眉毛の足りない部分を描くだけなのだけれど。
 それでもなにを着ていこうかということだけは迷い迷ったあげく、細身のスキニーのジーンズに茶色の毛玉のないセーター。アウターはユニクロで購入をしたモコモコの白いパーカーにした。
 モコモコの白いパーカーを着て手を袖のなかにしまっていたらかわいいなぁその袖。と以前修一さんにいわれたのできょうもそうしようという魂胆で着ることにした。
 けれど、あ、とおもいなおす。この前あったときもモコモコだったし、きょうもまた同じモコモコだ。こいつこれしか持ってねーのかよ。とおもわれてしまうかもしれない。せっかく着たのに脱いでグレーのPコートに袖を通す。まあこれでもいっか。全身鏡のまえに立ちにたっと笑う。わっ! ついひとりごとが口をつく。髪型がいま月9で放送している菅田将暉くん演じる久能整の髪型にそっくりなのだ。 
 いわゆるアフロ。そんなつもりではなかったのにこんな感じでとみせたヘアーモデルの女のひとのようにパーマをあててみたらなんてことはないなんとアフロヘアーになってしまったのだ。
 うーん。鳥の巣みたいだなぁ。またひとりごちそして手ぐしで髪の毛をぎゅっと抑えた。耳に髪の毛をかければなんとなくフワンとしてまだマシだ。
 時計をみると同時、修一さんからメールが届く。
『着いた』
 と。
 うちまでお迎えにきてと打っておいたのだ。うちはまずいだろ? と最初は警戒をしていたけれど、いまは別になにもいわない。わたしはいいんだけれどね。だって結婚してないしね。嫌味みたいなことをいうと修一さんはほほうという顔をして苦笑いを浮かべた。
「待ったぁ〜?」
 全然待たせてないけれどいつもと同じ挨拶を交わす。修一さんの車の中は工具やパソコン。サーフボード。ポリタンク。とかたくさんお客さんが乗っている。いつもおもうのだけれど、なぜポリタンクが乗ってるの? という疑問が一瞬頭の中をよぎるけれど、顔をみた途端そんなことどうでもよくなって忘れてしまう。
「待ってねーし」
 いつもの挨拶にわたしはふふふと微笑む。修一さんの横顔が好きだ。まずい。なんでいつもこんなにも好きなのだろう。わたしだけが抱えているおもい。修一さんはその気持ちはもうないなと以前はっきりと口にした。
「なに食う? うどん? カレーうどん? 天ぷらうどん?」
「え」
 その3択なの? うどんばかりじゃないのといいお腹を抱えて笑う。
「鴨南蛮? ざる蕎麦? かけ蕎麦?」
「え」
 こんどはその3択? 蕎麦ばかりといいつつまた笑う。
「てゆうかさなんでもいいよ」
「うん。いってみただけ」
 なにそれ。わたしと修一さんは真昼間の日差しがさんさんと降り注ぐなか鳩がエサを気ままに食っているくらいに平和だった。ちっとも平和じゃない関係なのに。
 車が動きだす。どこにいくの? とは聞かないしいわない。
 どこに向かっているのなどなんとなくわかる。
「マックは?」
「あ、ドライブスルー? する?」
 それって冗談? 笑えないねといいけれどプププっわたしはまた笑った。
 こんなに声をだし笑うなんて修一さんとあうときだけかもしれない。平日なのに車の台数が多い。こんな時間に皆なにをしているひとたちなのだろうかと考えてしまう。そういいながらわたしたちだって同類だ。
 修一さんが現場監督でなければ自由な時間はつくれない。そしてわたしが在宅ワークだからなおさら都合がいいのだ。
 リモートワークに切り替わってからあう回数が頻繁になった。嬉しい反面こんなに頻繁にあっていいのだろかという疑問が頭をもたげる。
 ドライブスルーでダブルチーズバーガーのセットと照り焼きチキンのセットを買いいつもいくホテルに入る。
 結局ホテルに入る。わたしたちはいくところがない。ホテルの駐車場はほとんど満車に近い状態だった。こんな昼間に。だれが? あ、うちらもそうかなどどおもいながらも声には出せずただバック駐車をする修一さんの顔をぼんやりと眺めていた。車の中はもうマックだった。マックの店内にいるかのようだった。匂いがマックだった。
「わー。スッゲーマックの匂いがするなぁ」
「そうそう。わたしもいおうとしたよ。いま」
 だよな。だよね。そういいあいながら503の部屋に入る。ドキドキはもうしない。しないけれどワクワクもしない。あのころのわたしたちではない。ドキドキとかワクワクとかじゃない関係。けれど、わたしは好きだ。好き? 好きって恋っていう意味で?友情? 友達? どれが正解なのか正直わからない。
 ソファーに座りハンバーガーを大きな口をあけ頬張っているときだった。わたしのアフロヘアーに手をあてて、鳥の巣みたいだなとつぶやいた。たしかに鳥の巣のようにみえる。そんな会話がきっかけで、鳥が好きなんだよね。という話題になったのだ。
「そうなんだね。犬2匹も飼ってるのに」
 犬を2匹飼っている修一さんは最近犬にあまり触れてないという。寄ってこないんだよねとつけ足す。
「うん。実家でいま、オカメインコを飼っててさ。けど、ほら、いまおふくろ入院してるだろ? 弟がなかなか世話できなくて1羽死んじゃったんだよ。そうそう。で、2羽掃除しててなんと逃げたんだよ」
「え……。に、逃げたの?」
 タラっとした生温かい感覚が手に乗っかる。鳥が小さなオカメインコがとまったように感じた。けれどもそれは照り焼きのタレだった。修一さんがコーラーを啜ったあとさらに口を開く。
「あせって警察にいったんだって。弟が。そしたら親切なひとがいて1羽だけ保護してくれたんだよ。でももう1羽は行方不明。多分死んだとおもう。この寒さだしね。寒さにとても弱いんだよ。でもまだおふくろにはいってなくてさ。だっていえばショック受けるだろ」
 眉間にしわを寄せて深刻そうな口調になる。遠くから救急車のサイレンの音がしそれがだんだんと近くなり、だんだんと遠ざかっていく。
「……い、いいづらいね。それはね」
「うん……。まあ退院したら、いうよ。死んだって。逃げたとはいわないつもり」
 そっか。
 逃げた。よりも死んだと告げたほうがましなのだろうか。死んでしまったのは間違いないのだけれど、逃げて死んだという文字をつづけるのはダメなのだろうか。
「あきらめがさ、つくだろ?」
 フライドポテトがすっかり冷めて美味しさを失っていた。それでもたまに手持ち無沙汰になるとつまんでは口に入れた。まずいのになとおもいながら。
「そのね、戻ってきたオカメインコってなに色だったの?」
 オカメインコはヒナをネットで買い育ててきたという。ネットとはびっくりした。
「あお」
「え」
「だから、青い鳥」
 あおいとり……。Twitterのマークが青い鳥だったねといおうとしてやめ、青い鳥って幸せを運んでくるんだよね! といおうとしてまたやめ、口を開けては締めをいくどか繰り返しているうちに頬に温かく細い水路ができていた。
「しあわせ? ねえ、修一さんは? わたしはね、いつも不安なんだ。青い鳥なんてわたしには絶対にこない。こんなアフロでも。巣と間違ったとしても絶対に来ないよ。だって修一さんはわたしのものではないから。いつかは別れがくるでしょ? ねえ」
 もうひとりのわたしが体の中から飛びだして修一さんの目の前に立ち饒舌に毒を吐く。
「おねがい。わたしを抱いて」
 手に乗っかっている照り焼きのタレがついたまま作業着姿の修一さんの首に腕をまわしゆっくりゆっくり首を絞めていく。
 その先に、青い鳥がばさっとわたしの手から飛び立っていくのがみえた気がした。 

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?