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シソの葉っぱ

 美容師のおとことはあわないと決めたのは彼の性格が嫌いだったし、俗にいう肌があわないというのもあったし、なによりも、あのひとはその気がないとおもうけれどときおりすごく傷つくことをいってくることだった。
 けれど、出会って約1年以上たち、わたしの髪の毛をわたしのしたい髪型をわたしが似合う髪型を魔法のようしてくれるひとは結局このひとしかいなく、お客さんで彼のいる職場(美容院)に髪の毛を切りにいった。

──断られたら仕方ないな──

 そうおもいつつ自動ドアがあき、いらっしゃーいませぇ〜とおとこたちの声が威勢よく重なる。
『え?』
 おとこは安定のおどろきをみせ、一瞬金縛りにあっていた。どうしていいのかわからないぜ。そんな顔だった。あたりまえだ。わたしから身勝手に終わらせたのだし。
 震える声で、どうぞ。と案内され、おとこのいる席に座る。
「お願いします」
 だけ小声でささやき、スマホの中のスクショした写真をみせ、こんな感じでお願いしますという。
「はい。わかりました」
 即答だった。あまり写真をみない。けれど、わたしの髪の毛を1番熟知している。
 負けた……わ。
 なにに勝ち、なにと戦っていたのかわからない。けれど、切り終えた髪型をみてわたしは感嘆をし、敗北と尊敬を認めるしかなかった。
「……、わ、すごいよ。パーマかかってるみたい」
「そうみえるだけだよ。ムースをつけてくしゃくしゃってしとけばいいから」
 うん、とうなずくと、彼が首筋をそっとなぜた。きゃっ。つい声がでてしまう。
「俺に、あいたかったか?」
 鏡越しに声をかけられる。隣にいるもうひとりの従業員がいるにも関わらず。
 わたしは、いいえ、と否定し、髪の毛を純粋に切ってもらいたかっただけよ、と鏡越しになにこのという感じでまた小声でいう。
 だって、あなたしかわたしの髪型をこんなにわかっているひといないもの。とつけ足す。
「ふーん」
 ケープを取られてじゃあ、終わりですとおとこが髪の毛を掃除機で吸う。
「じゃあ、ありがとう。がんばって」
 LINEはブロックからの削除。電話も着信拒否。
 こうやってあいにこない限り彼とのライフラインなどはない。けれど、正直それでよかった。もう3週間はあっていなかったけれど、平気だったのだし。
 自動ドアが開き、でてゆく。そしてそのまま駐車場に歩きだす。
「おい」
 背後から声がし、ハサミを持っておとこがわたしを追いかけてきた。
「なに?」
 まさか殺すきなのかい? と突っ込もうとしてやめる。
「このままでいいのか?」
 お客さんが待っているのに、おとこはわたしの返事を待っている。
「このままって? だってこればあえるでしょ? だめなの?」
 困惑したおとこの顔はやっぱりいいおとこだなとおもう。おとこは重たそうに口を開く。
「せめて、LINEだけでもしたい」
 もうほとんど泣きそうな声だったので、わかったといい再度登録をしなおした。
「ばかだね。あなたは。わたしはいや〜なおんなだよ」
 いや〜なを強調し、性格がもう腐っているしとつづけ、ブスだしとさらに重ねる。
「ははは」
 おとこはなぜか笑いながらじゃあいくわ。とハサミの歯の部分を手のひらで握りしめ職場に戻っていった。

                 ✴︎

「で、またあってるし」
 わたしとおとこは釣り仲間の大将のうちで、今日釣ってきた分のハゼの天ぷらを食べている。
 ハゼを50匹釣ったと朝LINEがあり、じゃあ食べたいというと来いよということになって一緒にきている。
「なんだお前ら、なんかあったんじゃねーのか?」
 いい感じに酔っ払っている大将が目を細めつつ嫌な質問をしてくる。
「あーなんかありましたっけぇ?」
 ハゼの天ぷらが揚がってきてテーブルに上がる。奥さんが揚げてくれた。サラダも炊き込みご飯もついている。大将は居酒屋の大将だ。緊急事態で今月末まで店を閉めている。暇だ。マジで暇。いつもLINEがくるらしい。
「まあいいけどよぅ。避妊はしろよ」
 笑えない冗談にでもわたしは頬をゆるめる。

 ハゼも絶品だったけれど、家庭菜園で作っているというシソの葉っぱの天ぷらがもう最高で20枚くらい食べてしまった。
「よく食うなぁ。ハゼ食えよ」
 大将は笑いながら目を細める。
 
 誰かにご飯を作ってもらい食べるなんてことは滅多にない。わたしにはなにゆえに実家がない。温かい飯を作ってくれるひとは松屋かCoCo壱くらいしかない。
 だから、とても嬉しかった。
「ほんとうに美味しかったです」
 奥さんは泥酔で眠ってしまっていた。大将にお礼をいいさようなら。ごちそうさまですと何度も頭を下げた。
「またきな」
「はい!」
 嬉しかった。
「またいってもいいのかな」
 帰りの車の中でおとこにきいてみる。
「ああ、いいじゃないの。別に」
 雨が降っていた。台風の影響らしい。ともかく雨が降っている。
「なぁ」
「え?」
 その瞬間、抱きしめられた。動けない。けれど、別に不快でもなんでもなくてお互いにシソの葉っぱ匂いだけがまとわりついていた。
 同胞じゃん。わたしとおとこは今体内にはさっき食べた同じ食事の成分が血管全体に流れているに違いない。
 同じ成分で抱き合っている。
 雨の中の車内は肌寒くてそしてひどく空虚だった。

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