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12月22日

『ブーブーブー……、』
 テーブルの上でスマホが狂ったようにいつまでも震えている。普通なら5コールくらい待って出なけれれば、あ、今忙しいんだなぁとかまあ折り返しが来るだろうからまあ切るかになるかどちらかの判断になるだろうに、彼のスマホはなぜか狂ったようにいや寒いしいやそんなに? とおもうほどコールがバカみたいに鳴り響いている。
「出れば」
 出ればいいのに出ないので出ればと目をスマホに向けて促す。あ、うん、煮え切らない声と同時にスマホに手を伸ばし誰からかチエックしたあと
「おやじからだった。なんかさ、親って電話出るまで鳴らすよね? そうじゃない?」
 わたしはそうだねと笑いつつも顔が引きつっているのがわかった。なんの脈絡もない『そうじゃない?』という単語を聞きわたしはそういえばわたしには親がいないんだったことを不意に思い出し急に心が冷えていった。彼には親のことは一切話してはいない。聞いてこないし話すことでもないからで今さらってこともあるしでうやむやにしてしまい今に至っている。
 親からの電話。彼はあたりまえのように嫌ったそうに口を歪めた。あたりまえじゃないかかってくることなど一生ない孤児のわたしには羨ましいというより不思議な感覚が勝っていた。
 父親の顔は知らない。とにかく酒癖が悪く殴る蹴るで母親は離婚もせず逃げ回る日々だったようだけれど親戚のうちなどを垂れ回しにされたわたしと弟はとても不憫で哀れな幼少期を過ごした。母親は男を作り出ていった。浅はかな女。バカの見本みたいな女。あんな男に翻弄される女にはなりたくない。あんな男に固執する女になりたくない。母親よりも女を選んだ女にはなりたくない。いつか見返してやる。わたしは親からの無償の愛という無償なものを知らずに育った。生きていくために悪いことをたくさんしたし梅毒にもなったし娼婦だった。母親を裏切るように女であり続けた母親に女を見せつけるようにずっと体を売って生きてきた。こんな体なんか汚い。こんな体なんかどうでもいい。わたしは男に体を淫らに売りそれじゃ飽き足らず刺青を全身に入れた。いや入れてやった。親からもらった体を……。なんていうお説教を幾度もいわれて耳にタコができた。
『こんな汚い体に罰を与えたんだよ!』いわれるたびに心の中で叫んだ。もうどうでもよかった。わたしは女である母親を恨んでいたくせに女を売って生きてきた。バカじゃないの? わたしは自虐的に笑うしかなかった。それでもやはり恋をしその度にひどく重たい女に成り上がり捨てられてまた拾われるを繰り返して生きてきた。彼もそのうちわたしを捨てるだろう。薄々は気がついている。わたしは彼にはもう重たすぎるのだ。年内じゃないかと踏んでいる。他に女が。そんな気配があるしもうわたしの目をとうとう全く見なくなった。
「お父さん何って?」
 電話を折り返してくるといい隣の部屋に移動した彼に聞いてみる。くだらないことだった。へえ。と返しておいた。お餅とはハムとか送ったよと仕送りの確認の電話だった。要らないのに送ってくるんだから。毎年その台詞を聞くようにおもう。そういいつつも家でついただろうお餅はひどく美味しいらしく結局彼は全部食べてしまう。食べる? と聞かれ首を横にふった去年。うまいよ。と進めてきたけれどわたしは喉に詰まって死ぬからいやだという意味がわからないいい訳をし一切口にしなかった。彼にはあたりまえのうちでついたお餅。わたしには未知なるアメーバのようなお餅にみえた。
 親に愛されず育ったから親に愛されて育った人の気持ちがよくわからない。親に対してありがた迷惑的な気配が滲み出ている。ありがたいじゃないの? 頼れる実家があっていいね。もはや実家がないわたしは実家という言葉さえ出したことがない。
 どんな形でもいい。頼れる場所。逃げる場所が欲しかった。欲しかった? わからない。もともとないのだから。
 冷たい人だといわれ続け女友達は誰もいない。無駄に美人な顔立ちのせいでいじめにもあった。目つきが悪いともっと目つきが悪いデブ女たち筆頭に殴る蹴るなどをされもう女友達など要らないと悟った。だから男に依存を重ねた。大体の男はわたしに夢中になって体に溺れた。体でしか男をコントロールできない。もう本当にばかであほでどうしょうもなくなった。梅毒になったときほっといて死んだ方がよかったのかもしれない。生きている意味がよくわからない。愛ってなに? 生きるってなんだろう? 
 スマホのあかりが目に痛い。わたしは蛍光灯に反射している画面をひっくり返し彼に抱きつく。このままこの温かい腕の中にずっといたい。けれど彼はもう諦めている。わたしを。わたしの重たさを。
「年賀状買ってこないとな」
 上の方から声がふってくる。年賀状か。書いたことももらったこともないわたしにはひどく遠い言葉に聞こえつい耳を塞いだ。
 おもては雪が降っている。寒いとおもったのはどうやら心だけではないようだ。

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