ねこの食パン

 ここのところ土曜日の夕方から22時前までヘルスに出勤している。コロナウイルスのあおりでお客さんが(特に新規)がめっきしなのだ。以前は入れ食い状態で午後から出勤し最後22時までお客さんが付きっぱなしでああまんこがぁとまんこが悲鳴をあげていたほどだ。そのおかげであたしはまいちゃんに車を買ってあげた。タンス貯金で。どうだ。お? まんこの威力は。あははあたしは自分の頑張りを自分で褒めた。女でよかったな。女には最終の武器があるもんな。あたしほど女をフル活用した人種はいるだろうか? ってほど女を武器にして生きてきた。いや、今も変わらずにしぶとく生きている。
 夕方ヘルスに着くと、ももちゃんお客さんが待ってるから部屋5番ね。といわれてはいとにこやかにこたえる。大概週に一度だと珍しい出勤だし大体お客さんが待っている。
「どもども」
 待っていたお客さんはこれまたあちゃ生理的に無理〜というオタクちっくなお客さんだった。前歯が一本なくそれでいてドナルドダックのネクタイ。異様に大きなカバンの荷物。荷物さ、そんなにいるの? 何が入っているの? まさかナイフとか紐とかバーベルや練炭とか? 死にたい願望の強いあたしの妄想は止まらない。お客さんが無駄に大きなカバンの中に手を突っ込んで、はいこれ。と紙袋を渡してくる。え? なに? なんなの? ずっしりと重たい異物はなんだか暖かくてきゃっとつい声をあげた。犬か猫の首じゃねーだろうなぁ? あたしはおそるおそる紙袋を開けた。ぷ〜んと焼きたてのパンの匂いがしてガサガサと取り出す。
「わ! わ、かわいい〜」
 それは猫の首ではなく猫の形をした食パンだった。まだ暖かいから紙に包んであった。その無駄にいい匂いのパンから食欲を思い起こさせる匂いで今やっと空腹を意識する。最近なんか食欲がなく生きる欲がなくなると●●欲が薄れていくのかもしれない。
「せっかくだし焼きたて食べてよ」
「え? いいの?」
 オタクはメガネの奥の目をやけに細め食べなよ、食べなよと勧めてくる。うん。あたしは少しだけちぎって口に入れた。う、うまい。なんだろう。空腹もあってかもの至極うまく感じて死ぬ前に食べるなら猫の食パンでもいいとさえ思う。
「おいしい」
「そうでしょ? 後で食べてね」
 それからはシャワーをしいつもの流れでいつものことをしいつものように吐きそうになりながら目をつむって我慢をし念入りにまたシャワーをする。顔や耳を舐めないでほしいなぁ。男ってやつは人にもよるけれどやけに耳を舐めるやつがいる。
 このお客さんはブサイク極まりないけれどちんこがとても活きがいい。元気な証拠である。なおちゃん見習って。つい心で叫ぶ。
「また来るね。今度はもっとおいしいパン買ってくるね」
「やったー。嬉しい〜。また来てね」
 そう演技をし抱きつく。ヘルス嬢は一旦劇団に入ってから勤めた方がいいかもしれない。あたしは入ってないけど。
 とても満足そうに踵を返すお客さんにハーッとため息を吐く。ついでにさっき結構食べた食ばんも吐いた。マーライオン癖でついつい吐いてしまう。なんだかよく分からなけれど残ってした猫の食パンを捨てた。食べて吐こうかと思ったけれどまたお客さんが続いたのだった。またオタクだった。なんでこうもオタクでもてなさそうな人ばっかなのってまあ当たり前といえば当たり前だ。
「ももちゃんさ、誰かと喧嘩したの?」
 次のオタクのお客さんがあたしの首のあたりを指差して訊いてくる。
「あー。これ。噛まれたの」
 本当のことだ。噛まれたし首には鬱血した後もある。
「おもしろいこというね〜」
 ははとお客さんは薄く笑い全く取り合ってはくれなかった。
「あ、出る」
 オタクはすぐに出た。ローションでちんこをさすったら出た。
 たらこ唇で禿げていて太っていてそれでいてちんこもお粗末で挙句に早漏。いいところを探そうとしてもなかった。けれどなんか『俺さ、モテるんだぜ』的な態度で接してきてあーそうですかぁとサーっと流した。あー、めんどくさ。うっざー。
「じゃあまたね」
 あたしは笑顔で送り出す。もうヘトヘトだった。それから帰りがけにまたお客さんがついてマニュアル通りにこなし精算をして帰る。暇だった。コロナおそるべしだ。あまり稼げなくなってこのヘルスの仕事を生業にしている人ばっかなので大変だなぁと思う。あまり兼業はいないのだ。だってフーゾクは何せ金がいい。けれど心と身体は徐々にナイフによって削がれてゆく。それは長ーいフーゾク嬢生活で痛感している。夜気がちょっとだけ春を彷彿させる。駅前の焼き鳥屋さんでつくねを2本買って電車を待ちながら食べる。
 土曜の22時。ホームはガラガラであたしはギョッとなって途方にくれる。

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