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恋愛依存症

 彼はあたしのことを容赦なく虐めもし一歩間違えば死んでしまうかもしれないという生と死の狭間の中でセックスをする。いつももういいやもうあわないとその場では誓うのに少し経つとまたあいたくなっていてついメールをしてしまう。まるでそれはシャブ中くらいの依存度でもう本当に殺してもらわない限り治らない傾向にある。あたしは現在2人の既婚者と付き合っている。サディストな彼の方と普通の彼との共通点を上げるのなら子どもさんが2人。奥さんが同い年。無駄にイケメン。まあそんなところだろう。不倫はし慣れている。昔から(あたし第2の女でいいの)が口癖であり(奥さんから彼らを奪うことへの優越感)以外ない。それでも好きな普通のカップルのように好きないとおしい感覚はちっとも変わらない。その場では虚構な世界が形成されて必死でしがみつき一瞬でも愛を錯覚して耽溺に浸る。それでいい。あたしはもうわかっている。それでいいそれ以上何もないことを。
「どうやって出てきたの? こんな時間に? 大丈夫なの?」
 待ち合わせの時間が平日の夕方か夜か曖昧な18時だったので彼が車に乗った瞬間矢継ぎ早に質問をする。
 ん? 彼はいつもスマホをいじっている。後部座席に座っている彼を一瞥して発する言葉を待つ。待機。あまり大丈夫じゃないかな。彼はあまり大丈夫そうじゃない口調でスマホを見入る。じゃあ帰る? なんて意地悪をいうと彼はははと小さく笑い別にいいいよとだけいう。奥さんと子どもらが待っているうち。パパどこ行くの? きっと聞かれたに違いない。あたしは車を走らせていつも行くホテルに向かう。向かう先がわかっているのだけがいい。不倫ってきっとホテル以外に行くあてがないのだ。
 彼はいつものように激しくあたしを噛んで首を締め髪の毛を掴んで顔中を舐めた。苦しいけれどもっともっとという自分がいて限度を越しそうになってもビビらないあたしに彼の方がビビっている。首を絞めている最中いつもなら無理という言葉を発するよう手を退けるけれどそれどしなかったため途中から意識が混沌としだし脳に酸素がいかないような気がしてそれでも我慢をし目の前が真っ白になった。とそのとき彼の手があたしの首から離れはっと肺呼吸を再開した。死ぬ。そう思った。このままもし不慮の事故で死んでしまったら彼は一体殺人容疑者になるのだろうか。
 シャワーをしに浴室に行くとあたしの身体はおそろしいほどに傷がついていてギョッとなる。噛まれたあとから血が出ていた。
「あのさ、」
 彼はまだベッドにけだるそうにしていて突っ伏している。
「あのさ、」あたしは何もこたえない彼に続きを話す。
「さっき死にそうになったよ」
 ん? むくっと起き上がって彼はぼんやりとあたしを見つめる。マジで? そんな顔をしている。さらにあたしは続ける。
「殺してっていえば殺してくれる?」
 間、ができた。間はたっぷりと3分はあったと思うけれど30秒だったのかもしれない。
「あたしが殺してと頼みました。この人は決して悪くはありません。と一筆書いておくっていう案があるけれど。どうかな?」
 あたしはクスッと笑いながら軽口を叩く。
「……、じ、自殺幇助(ほうじょ)だろ? それは。無理だよ」
 彼もまた薄く笑う。あと10年は頑張らないといけないから。彼の子どもはまだ幼い。小学生がいる。
「嘘よ。死ぬなら勝手に死ぬわ」
 ポタリ、ポタリと雨がトタンを叩く音がして雨? と思いつつ肩をすくめてみせる。
「けど、」
 あたしはけどとまた言葉を重ねる。
「本当に今日は死にそうになったの」
 もう彼は口を開くことがなかった。あたしはあたしは一体どうされたら満足なんだろう。
 おもてに出ると土とアスファルトの匂いがたちこめていて雨が降った痕跡があった。けれどもう上がっていて空にはまだらに星も出ていた。
「あ、あの音雨だったんだ。やっぱり」
 空を見上げ彼はつぶやく。彼も気がついていたんだ。いっときでも感覚を共有できていたことを喜ばしいと感じた。
 帰りはまるでお通夜の帰りみたいに無言だった。もう22時を過ぎている。
「なんて言い訳しようかな」
 あたしは何も聞こえないふりをする。知らないふり。見ないふり。
「さようなら」
「ああ、」
 さようなら。なんて寂しい言葉なのだろう。もう一生あうことがないみたいだ。
 しかし。もうそれでもいいとなんとなく考える。
 だって彼はあたしを絶対に殺さないのだから。

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