飢え
「え? よかったよね?」
中にたっぷりと出してから事後報告をするお客さんに2人つき
「外に出すからね」
お腹の上にまたたっぷりと出してから優しさなのか罪悪感なのかティッシュで拭ってくれるお客さんに3人ついたところで7時間の出勤時間が終わる。
乳首を舐められ、陰部をよだれなのかわたしの愛液なのかわからない汁を垂らされ、声を控えめにあげるわたしをもうひとりのわたしがいつも俯瞰をしている。
『だれでもいいんだね。お前って。構ってくれる男なら。だれでもいいんだね』
声が耳元でし、わたしは視界がひどく狭くなっていき耐えられなくなり、目をつぶる。
『だれでもいい? だれでも? そうかもしれない。だってさみしいでしょ? してもしてもしても足りないんだ。求めちゃうんだよ。男を。いや違う。求めてきてくれる人間をさ』
俯瞰をしているわたしにいい返す。
目を開けると名前も知らない男が必死で腰を稼働している。なにを必死に。お金を払って。なんでそんな必死……。わたしはだれでもいいのかもしれない。けれどしてもしても足りないししたあとは絶対に好きな男にあいたくてしかたがなくなり涙がこみ上げてくる。
どうしていつもこんなにも飢えているのだろう。
泣きながらヘルスの仕事をしているのは決してわたしだけではないだろうけれど、その涙の理由がわからない。
もう、なにがなんだかわからない。
それでも体を提供をし、喜ばせる。
こんなことが仕事だなんて天職じゃん? どこかのだれかにいわれたことがある。
転職も考えてるよと笑いながらいいか返すと、わわっ、冗談が寒いと笑いながらいわれたことをふとおもいだした。
親に愛されなかったからだろうか。もっと親に抱きしめてもらったり優しい言葉をもらったりしていたらこんなふうにはならなかったのだろうか。
中学生のころ、母親の彼氏という慇懃そうな男を紹介された。そのあとうちに帰ると
『お前さ、ガキのくせに色目使ってんじゃねーよ』
べつにそんなつもりなど微塵もなかったのに、母親が自分の男にわたしが色目を使い誘っていたようなことをいい何度も何度もこのバイタ、バイタと怒気を含んだ声でわめき散らして何度も何度もわたしの頬をこれでもかというほどはたいた。
『バイタ?』
そのときはまだたったの14歳でだからバイタというのが売女という漢字と意味だったことはもっとあとで知った。
母親からの言葉の虐め、暴力的な虐めなどは日常茶飯事だった。
いつか殺してやる。
いつか。あの女を。
わたしはあまりうちに帰らなくなり、たまに帰っても男と布団の中にいたりして余計にうちに寄りつかなくなった。
母親はいつだって女だった。わたしのことなどいつの間にか見向きもしなくなっていた。
最後に言葉を交わしたのはいつだったのかもうおもいだせない。
死人に口なし。
好き勝手なことを散々し好き勝手死んでいった。
恨む相手がいなくなった途端にわたしの男癖が悪化したようだった。
『あいたくて死にそうなの』
修一さんにそうメールを打つと
『しなん』
笑いながら返事を打っている彼を想像し
『あいたい』
さらに重ねて打つ。
ここのところ仕事が多忙過ぎて2週間以上あっていなかった。
『再来週までは無理だ』
そうメールがきていたのはもちろん知っていたし、無理だとわかっていてもつい、あいたさに負けてメールをしてしまっていた。
『今からならちょっとだけあえるけど』
その文面をみたとき、胸と指と体が震え、涙さえも流れて、感極まり
『うん』
嬉しさをあらわす言葉がたったの2文字だけに集約をされてしまっていた。
高速が混んでいて遅れたといい、悪かったとあやまる修一さんの助手席にちょこんと座っている。
「いいよ。わたしもついさっききた分だから」
嘘だとわかっているだろうに。修一さんはあ、そうなんだという顔をしわたしを一瞥する。
「……なにかあったのか?」
ただあいたかっただけなの。足りなくて。とは到底いえるわけはなく、夕方の流れる景色をみつめながらただ、首を横にふった。
「仕事が、」
「ごめん。わかってるよ……」
仕事が、のあとにつづく言葉など聞きたくなかったし、わかってもいたので遮って先にあやまった。
「いや、俺のほうもごめん……」
久しぶりにあい、嬉しいくせにいつもこうなってしまう。
あいたいっていう気持ちってただ抱かれたいだけなのだろうか。修一さんもそうなのだろうか。
「あやまらないで」
静寂な車内の中、わたしの震える声だけが響き、そしてホテルの赤い暖簾をくぐった。
抱き合うときだけ素直になった。体に触れることが許された。それ以外は他愛のない話だけで先につづく展開などは皆目なく、体を重ねることだけが目的だけになっていることはすっかりわかっていた。
「あいたかったの。好き」
行為の最中に何度も何度もそういうと決まって修一さんはわたしの乳首をおもいきり噛み、背後に回って首を絞めた。
「殺して」
だからそういうと薄暗い部屋でも一瞬修一さんの顔がぎょっとするのがはっきりとわかった。
「殺してもいいよ」
わたしはとてもくどかった。首を絞める力が徐々に強くなっていき、このまま死んでもいいなとぼんやりする頭で冷静に考えた。
いつも泣きながら抱かれている。なぜ涙を流しながら抱かれているのかなどともう聞かれなくなった。最初は、だって好きなんだもんといっていたような気もするし、だって噛むんだもんといっていたような気もするし、けれど、今は違う。
ただ、純粋に涙が出てくるのだ。
奥さんの影になどまったく怯えてなどはいない。もうわたしの中で奥さんはいない。修一さんはいつかわたしだけのものにするしかなくて、結局それはどちらかが死ぬしかないのだ。
修一さんかもしれないし、わたしかもしれない。
どっちにしてもあえなくなったときわたしは絶対に死んでしまうだろう。いや、死ぬだろう。
「泣いてスッキリすならいいけどな。お前はいいよな。泣けて。俺は、だれの前でも泣くわけにはいかないんだよ」
うっすら汗をかいている背中を指先でなぞりながら修一さんの声をぼんやりと聞いている。たくましい背中。
「男は泣いちゃいけない生き物なんだ。なんでだろうな。泣きたいときだってあるし、大声で叫びたいときもあるんだ」
声が指先に切実に伝わってくる。修一さんの肩が小刻みに震えているのがわかった。
「わたしはね、泣いているのではなくて、啼いているの。なくっていってもいろいろあるわ」
背中を向けたまま修一さんは黙っている。わたしの声は自然と背中に吸い込まれていった。
「いつかはわたしを殺して。お願いだから」
新幹線が通っていく。この部屋は新幹線の音が嫌に響き、おもてでは救急車のサイレンの音さえも耳に入ってくる。修一さんがゆっくりと振り返る。そして口を開き、なにかいおうとしてやめ、わたしの背中に腕をまわし、そしてはぁと息を吸い、口が開いた。
「殺せるわけないだろ。死ぬなら勝手に死ねよ……」
なにかいい返そうとしたけれど、うまく言葉がみつからない。わたしはただやみくもに涙を流すだけだった。ヒック、ヒックと声をあげ、まるで子どものように肩を震わせながらただ涙を流していた。もうどうしょうもなく息が苦しく、酸素ボンベが必要なくらい酸素が薄かった。
修一さんのものがまたわたしの口の中に否応なしに入ってくる。
「して」
わたしはダッチワイフのようだらしなく口を開けているだけの無駄に息をしている人形になった。
ただ、涙は壊れた蛇口のように止まることはなかった。
シーツが涙でグチャグチャに濡れていた。
「もうしばらくあえないから」
帰り際にぼそっといわれ、落ち着いたらメールするわとつづけた。
「うん」
すっかり涙は乾いていた。心なしか泣いた分だけ清々しい気分だった。
「泣かないようにする」
「へー」
修一さんが泣き虫のくせにといいながら笑いわたしの頭をくしゃくしゃにした。
泣き虫。
わたしは孤独だし売女だし泣き虫だしでいいところなどひとつもないなとおもいながらまた修一さんの車の助手席にちょこんと座った。
もう、おもては真っ黒で夜の闇がすっかりと街を覆っていた。
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