バームクーヘンの男
高校2年のとき学校が終わってからショッピングモールに行き、初めてどでかい年輪のバームクーヘンをみつけて一緒にいたあきちゃんに
「ねぇ、このどでかい年輪みたいなのあきちゃん知ってる?」
そう質問をしながらバームクーヘンを持ち上げた。それはずっしりと重くてなんというか、つまってまっせ〜っていう感じがしてあきらかにパンじゃなくてケーキ寄りな代物だとわかった。
「え?」
あきちゃんが素っ頓狂な声をあげ
「なにさ、逆に知らないの? あんたは?」
マジでーうっそでしょーとつけたしてはははと笑う。
「うん。初めてみた。だってさ、だいたいスーパーの食品売り場になんて来ないでしょ? 普通。高校生がさ」
「まあねぇ」
ごもっとも。そんな感じであきちゃんも納得の声を上げる。なぜこの日に食品売り場に行ったのかが今となってはまるで思い出せない。調理実習の買い物か何かで行ったのだろうか。
「あたしはさ、父親に送られてくるお中元に入っていてね。あ、これよりももっと小さいのだけど。結構毎年食べてるよ。あ、でもこんな大きいのは食べたことないかな」あきちゃんはさらに言葉を重ねた。
「食べたいな」
当時398円だったそのバームクーヘンを割り勘で買って地下にある椅子に座りはんぶんこをして食べた。飲み物は多分なかったはずだ。なにせあたしたちには金がなかったのだから。援交をしているという噂のあった平田さんというとても奇麗な子がいて女のあたしからみても本当に奇麗としか形容しがたい存在だった。平田さんなら援交はありだな。なんて勝手に思い込んでいたしいつかは平田さんのようになりたいと目標にしなんとなく髪の毛を伸ばしちょっとだけ茶色に染めていたこともある。けれど平田さんは学校を辞めた。憧れていた平田さん。平田さんはバームクーヘンを食べたことがあるのだろうか。
「おいおい。そんなにうまいか? 女子高生よ」
茫然自失になっていたからその声におどろく。言葉が出なかった。美味い。多分今まで食べてきたなによりも美味かったに違いない。よく通っていた居酒屋カヨのタコワサがぶっちぎりで一番だと思っていたがああもう違う。あたしの中でその日からバームクーヘンとの日々が始まった。週に2度はあきちゃんと地下ではんぶんこして食べた。あきちゃんはけれどいつも付き合ってくれた。もう太るなんて文句を垂れながらもあたしの横で一緒にバームクーヘンを食べた。食べない日は買ってうちで弟と一緒に食べた。弟も文句もいわないで一緒に食べてくれた。丸ごと一個は絶対に食べることができなかった。何度か挑戦したがダメだった。けれど封を開けるとジッパーがついているわけではないため明日に持ちこすのは嫌だった。昼飯を惜しんでもバームクーヘンを食べた。飽きないどころかどんどんと美味くなってしまいバームクーヘン依存症になり先生に呼び出しを食らう羽目になる。
「なんか噂で聞いたんだけれどね」と先生が前置きをし、おや、あたし何かしたかなぁ。妊娠もしてないし。てゆうか彼氏もいないんだった。と見えない舌を出す。
「駅前のショッピングモールの地下でね、あなたがシンナーを吸っているって噂があるのよ。見たっていうの。一年生の子何人かが」
はい? シンナー? それうちの弟のことじゃねーか。といおうとしてやめる。
「あー、それ違いますよ。あたし地下であきちゃんと一緒にバームクーヘンを食べているだけなんです」
職員室の中はとてもヒンヤリとしていてさーっと足元に冷気がまとわりつくのが心地よかった。バームクーヘンって、と先生はつぶやき、なにそれはと苦笑まじりに笑う。そんな怪しいところで食べてたら間違えられるのは当然でしょもうと先生は呆れた声を出し、ついでみたいに、もうそこで食べるのは禁止ねとつけたす。
はいわかりました失礼しますと職員室から踵を返す。なんてこったい。たかがバームクーヘンでさ。あたしはあきちゃんにそのことを話すと彼女は、そっかと落胆ではなく嬉しそうな顔をしたから、あきちゃんはもうバームクーヘンを食べなくていいんだという開放感を手にしたように見えた。てゆうか強制などはしていなかった。きっと彼女の優しさだったのだろう。3ヶ月くらいほとんど毎日食べた。一生分食べたといっても過言ではないくらい食べた。それからしばらくは食べることをやめ徐々に依存から抜け出した。男に依存をすることに似ているなと感じたのは大人になってからだ。
「てゆうことがね昔あったんだよね」
へえー。木内さんは今まさにあたしの隣でバームクーヘンを食べている。なにせ甘党で主食がバームクーヘンなのだ。あと魚肉ソーセージと食パン。食の好みがまるで一緒でああこれは運命に違いないとビビビときて付き合って4年。けれどセックスだけは淡白でもうかれこれ2年はしていない。
「会社の近くにね、食パン専門店ができたんだよ。明日買ってきて」
は? 買ってくるよ。の聞き間違いじゃないかと思い
「買ってきてくれるの?」
と彼の方に目を向ける。彼は首を横に振る。違うよ。買ってきてだよと。
「明日遅くなるんだよ。俺。知ってるだろ? 忙しいんだよ。ふーちゃんはいいよ。パートだもん。パン屋6時で閉まるから」
「あ、そういうことね」あたしはじゃあ金頂戴よと金をせびる。
勝手に持って行って。財布そこ。バームクーヘンをかじりながらジャケットのポケットに目を向ける。
はーい。木内さんの肩に寄りかかりバームクーヘンのカケラを口の中に入れる。美味いなぁ。やっぱり。木内さんとあたしは同じ職場で同じ仕事をしておりけれど付き合っていることは誰も知らない。会社にいてもひとことも喋らないのだ。LINEはしている。しているけれどハートマークなどは送り合わない。
食の好みが似てますねー。そんな話題から発展して行ったお付き合いはバームクーヘンのおかげだ。あたしはだから今でもバームクーヘンが大好き。けれどそれ以上に好きな彼ができて今とても幸せかもしれない。
明日久しぶりにあきちゃんに会うことになっている。
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