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8月2日

 あっという間に8月で、いきなりものすごく日中問わずおかまいなしにやぶれかぶれに太陽の光がふりそそいでいる。もはや
 暑い……、し。
 という言葉しか出ない状況下のなかからのマスクという息苦しい布きれ。
 こんなに暑いなか、いちばん元気なのは、ウイルスくんかもしれない。
 土曜日の夕方から直人のうちにいく。天然鮎を持って。鮎を釣るひとにいただいたのだ。
「あれれ、髪の毛切ったんだね。みじかいし」
 えっ? そこ気づいた? あらら。めずらしい。わたしはびっくりし、へへへという顔をして、鮎焼いてよ。なおちゃん。とジップロックに入った鮎をみせる。
「ずいぶんとまあ、」
 そこで直人は言葉をきり、鮎の入った袋をみた途端
「ずいぶんとたくさんあるね。鮎。びっくり」
 びっくりもしていない声でびっくりしたとわたしと鮎を交互にみた。
「ずいぶんとまあ、」
 また先刻言葉にした言葉をいいなおし
「みじかくしたね」
 また髪の毛の話に戻っていた。
「したねー」
 首元が心もとない。今まであったものがなくなるとそれに慣れるまで時間がかかるのだ。
 直人が台所にどれどれと来て、鮎をタライにあけて洗う。結構デカいね。とつづけ、こんなにたくさん食べれるかなと首をかしげる。
「でも、鮎って食べる部位は少ないからね。骨多いし。ハラワタは苦いでしょ?」
「……、うん」
 鮎は全部で15匹くらいあったやや小ぶりなものとやや中ぐらいのもの。直人はせっせと塩をふり、コンロに備えつけの魚焼き器に水を入れてから鮎を並べた。
 テレビではオリンピックがついている。
 焼きあがるまでふたりしてテレビをぼんやりとみていた。
「あ、これ食べる?」
 買ってきただろうパックに入ったおいなりさんが5つあった。わたしはわたしでコンビニでおにぎりを4つ買っていった。昆布。鮭。うめ。おかか。
「うん」
 食べるよ、と笑ってこたえる。
「はい」
 ありがとといいながらおいなりさんをつまむ。
 小さめのおいなりさんはなぜかとても美味しく感じた。こんがりとした匂いが台所の方からしてくる。
「ゴルフだったよ。今日もまた」
「え?」
 たしかに日焼けをしており、けれどまさかまたゴルフだとはおもわなかった。
「スコア良かったよ。松山英樹よりも」
 え? わたしはなにそれとクスクス笑う。
「うそ」
 直人は顔を少しだけ赤らめつつ歯に噛んだ。いってみただけ。そうつづける。
「松山英樹はけれどいい成績だよ」
「へー」
 とりあえず、そうなんだぁといっておいたけれど、ゴルフなどわたしの中ではまったくもって皆無なのでよくわからなかった。それは明日わかることになるのだけれど。
 鮎が焼けて一緒に食べる。骨すごーいとか、ハラワタが苦いだとか、なんかさ、食べるところがあまりないよねだとかなんとかかんとかいいながらなんとか駆使して食べ終えた。合間にわたしはうめと昆布。直人は鮭とおかかのおにぎりを食べた。
「最近よく食べるようになったね。えらいえらい」
 先月体調を崩してから体重があまり戻らないため、食べているのという旨を話すと、そういえば痩せた気がするかもと今更ながら気がついたようだった。
「食べるってことを大切にしたいっておもうの。わたし」
「俺は、飲むってことが大事だけどね」
 はははと直人は苦笑いを浮かべた。腹が膨らみ食べたものを一緒に片すとすることがなくなり、わたしはシャワーをしにいき、直人はソファーでまたテレビをみだした。
 時計はいつの間にか20時になっていた。もう眠る準備は万全でだからもう眠ることにしいつの間にか眠っていた。
 真夜中。気配がし直人はむにゃむにゃいいながらわたしの隣に入ってくる。横向きのわたしを同じ体勢で抱きしめる。
 おやすみ。と小声でいい、横向きでいたけれど前を向き対面の体勢にし抱き合った。
 そして髪の毛をなぜてあげる。よしよし。そんな感じで。大きな、いや大きすぎる子どものようそこにいるのは会社で部長をしている直人ではなくてただの無防備なおとこだった。

 朝起きると直人の姿がなく、会社にいってくるというメールがきており、うなぎを買ってくねと文字が並んでいた。
 うなぎ……。
 痩せた気がする。気を使っているのだろうか。うなぎは好きなので素直に嬉しくて、ありがとうね待ってると返信をした。
 まだ朝の8時前だった。眠い。けれど眠気がすっかりと覚めてしまい、カーテンを開けておもての景色に目を向ける。今日も熱中症アラートが出そうだ。すでに暑い光線がサンサンと降り注いでいた。
 洗濯機を回しその間にローソンにいく。徒歩往復6分のローソン。
 アイスカフェラテにタマゴサンドとメロンパンを買う。ローソンのメロンパンが最近の気に入りだ。美味いしお腹が異様に膨れる。うなぎは多分夜だろうしなとおもいつつアイスカフェラテを飲みながらメロンパンの袋を開け行儀が悪いけれど食べながらうちに戻る。
 歩きながら。車の運転をしながら。何ごともながら●●はとても気分がいい。けれど『ながらスマホ』はやめた方がいいと直人が以前いっていたことをおもいだしメロンパンを食べながら薄く笑うわたしは側からみたら気持ちの悪いひとかもしれない。
 うちに戻ると洗濯が終わっおり、洗濯機を開けるとアリエールのありえないほどいい匂いがし洗濯物をカゴに入れて2階に上がりベランダに干す。こうやって直人の洗濯物を干すのが昔から好きだ。
 6年目。わたしと直人はもう6年も付き合っているし、いまだにわたしはだけど好きだ。
 ベランダに出るとおそろしいほど熱風が漂ってきて一瞬ひるむ。暑いなぁ。わたしはひとりごちる。洗濯物が気持ち良さげにふらふらと風に吹かれている。すぐに乾きそうだ。
 直人の布団の上で大の字になる。冷房が部屋中を冷たくしわたしは目をつぶる。
「ただいま」
 その声にはっとし目を開けると直人が帰宅をしていた。
「おかえり」
 寝てたの? うん、寝てたよ。暑いね。ひととおりの会話を終えて直人はすぐにテレビをつける。
「松山英樹さ、銅かもしれないよ」
「へー」
 またテレビをつけオリンピックのゴルフチャンネルにした。
 うなぎさ、夜でいい? 俺、すき家にいってきちゃってさ。
 直人が申し訳なさそうにいうも、わたしもさっきねちょっと食べたの。だからいいよとこたえる。
 お昼からずっとゴルフをみていた。直人はゴルフをやるから『パー』とか『バーフォー』だとかそういう意味もわかるけれど、なにも知らないわたしにとっては宇宙語に過ぎない。けれど、松山英樹はわかり、まあまあいい成績だということもわかった。
 結局『銅』は無理だったけれど、よくがんばったなと直人はというかテレビの中での応援のひともたくさん褒めていた。勇気をもらったとか、そうゆう労いの言葉。
「食べるか」
 20時。テレビをみたあとまたふたりして布団に戻り少しだけうたた寝をした。直人はまた横からわたしを包みこむように抱きしめた。暑いなぁといいながら。文句それとわたしはお尻を直人の股の間に入れ込んだ。しないのかな。しないの? 心の中で問いかける。けれどなにもアクションはおこらずイチャイチャはするけれど性的な行為はしない。
 うなぎはデカくて肉厚でうまかった。
 直人は3切、わたしは4切食べた。
「足りない」
 え? まだ食べるの? 直人はわたしの食欲にギョッとなり、けれど、もうないよと愉快そうにいう。
「ローソンにうなぎ握りあったっけ?」
 真顔でいう直人に、うそうそ冗談だよと笑う。もうお腹一杯ですといって。
 帰ろうかとおもったけれど、あまりにも一緒にいる時間が長いと帰りたくなくなる。けれどもし一緒に住んだとしたら……。きっと帰りたくなるだろうか。ひとは身勝手で残酷でけれど愉快で気ままな生き物に過ぎないのだから。
「なおちゃん」
 横にいるおとこに声をかける。
「ん?」
 身構えた顔。虚な目。
「眠たい?」
 隣にいるわたしの好きなおとこはうん眠いなと小声でいう。
 わたしは好きなおとこを頭からかかえるよう抱きしめた。明日の朝、帰ろう。もうそう決めていた。
「なおちゃん、わたしね、ずっと一緒にいたいよ。いい?」
 心の中で直人に話しかける。直人は口を一文字にして黙っている。

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