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どうしたの?

 いつもならもうすでに泥酔しソファーでうなだれているか、はたまた布団のうえで裸になってよだれを垂らし眠っているかのどちらかのはずなのに、なぜか、このひの夜にかぎって直人はうちにいなかった。
『いまからいきます』
 急にいくと部屋がきたないからだめといわれていたので事前にメールをしておいた。返信はやっぱりなくて、ああ絶対に泥酔だと決めつけて直人のうちにいくと車がなく、あれでも玄関の電気はついてるしな。と不信におもいつつまたメールを打つ。
『いない!』
 !マークを語尾につけ加える。ほんとうに『!』なのだからだ。車から降りて部屋の中に入る。いちおう
『おじゃまします』
 ことわりのメールをしておいた。
 部屋はとても綺麗にしてあり、酒も飲んでないようだった。けれど、作業着が脱いであり、仕事から帰ってきてまた出かけたんだということはわかる。
 どこにいったのだろう。時計は午後22時40分。もしかしたら……。胸騒ぎがし、たとえば。のことを考える。
 なおちゃんのご両親のどちらかになにかあったのか。とか。
 急な出張で茨城にいくことになったのか。とか。
 まさか、飲み会? なんてことはないよね。とか。
 確率は十分いや十二分と少ないけれど、女? とか。
『どこにいるの? メールして』
 いやいや、この文章は重いなぁとおもい消して
『心配してます連絡ください』
 おおう。これも重いぞ却下。とまた消し
『暖房つけていいかな』
 意味わかんないぞこれは打っておきつつまた消す。
 どうしよう。電話してみようかな。そういえばわたしと直人って電話で話をしたことなかったかもとおもいかえしてみる。
 ないな。そういえば。電話で話をしたことがない。電話でならあって顔をみてから話しをしたほうがいい。ということで電話をしたことはない。
 とりあえずわたしはシャワーをしお化粧を落とし、歯をみがき、薬を飲んで布団に入る。冷たい布団の中から直人の香りがしふいに泣きそうになった。
 どうしたんだろう。連絡もないし。わたしはなおちゃんの匂いをまとった布団の中に潜りこむ。そしてもぞもぞと動き布団の中を温める。動くと温かくなるよといったのは確か直人でわたしはだからよく布団に入るともぞもぞと体操をはじめる。
 温かくなってはきたけれど、心の中はたちまち寒くなる。
 このまま帰ってこないかもしれない。事故? の可能性だってあるじゃないか。 
 布団の中はだんだんと鬱蒼とした雰囲気になりまるで深海の中にいるような感覚になり目がしょぼしょぼしてくる。
 からだが幽体離脱をしそうになりかけたとき、聞き慣れた車のエンジン音がし、幽体離脱をした体内に魂が戻ってくる。
 ガチャ。玄関があく音がし、寒っといいながら直人が部屋に入ってきた。
「なおちゃん!」
 布団の中からむくっと上半身だけ起こし名前を呼ぶ。どうしたの? どこにいってた? 心配したんだよ。わたしはとにかく必死に訴えた。
 マスクをとった口もとはポカンとしており、わたしの言葉の意味を理解しているようないないようなそんなどっちつかずの顔をし、重々しそうに口を開く。
「スポーツクラブにいってたんだよ」
「え」
 だから、スポーツクラブに。まあ風呂に入りにいってるだけといえばそうなんだけれどね。そういいながら笑う。メール気がつかなくてごめん。とつづけ、急にきたんだねとさらに重ねる。部屋綺麗にしておいてよかったよ。とつけ足す。
 よいしょ。まだ上着も脱いでないまま、ソファーに座り、テレビもつけず電気もつけないで、暖房だけつけて缶ビールのプルトップをひく。
「たくさんいたよ。スポーツクラブ。最近さ、たまにいってんの。俺」
 うん。そうなんだね。わたしはまた布団の中にいる。ほっとしたのか睡眠薬を飲んでしまったし、眠くてしかたがない。
 直人がまたなにかをしゃべってはいたけれど、だんだんと意識は遠のき、いつの間にか眠りに落ちていった。
 真夜中。直人がわたしの横に入ってきて足を絡めてくる。夢うつつのなか、わたしと直人はとても久しぶりにそういった行為をした。酔っていない直人は別人のようにたくましくてさりげなくかっこよく感じた。冷静だったし真剣だった。よく、稼働をした。
「おやすみ」
 抱きしめられてキスをされる。おやすみっておいおい。なおちゃんがわたしの睡眠の邪魔をしたんだよとはいえずまた眠りに落ちる。
 眠るすんぜんにみた直人の横顔はいつもの直人だったけれどどこか別人にもみえなおちゃん、と小声で呼んでみたけれど返事はなく顔の輪郭だけがしっかりと浮き上がり遠い昔の直人をおもいださせた。
「いってきます」
 耳もとで声がし作業着の直人がわたしの頭をなぜた。いってらっしゃい。布団の中から手だけをだし、そして振る。仕事だったのか。知らなかった。昨日あまり喋ってないから。
 無言が苦痛ではない。おしゃべりな男は嫌いだ。直人はそういったわたしの苦手とする点においてすべてマスターをしている。だからダラダラと付き合っているのかもしれない。
 布団の中からなかなか出られずやっと出たのは11時を過ぎてからだった。顔を洗い、ついでに洗濯機を回し、洗い物をする。
 直人不在の部屋で直人のことをしているのが好きだ。ほんにんはいないのにもっとも身近に感じるのはなぜだろう。
 毎年一緒にいっていた初詣は今年は行けずじまいだった。
『なんじごろ帰ってくる? 早く帰ってこれるなら初詣行こうよ』
 打つ指先が踊っているかのようワクワクしている。鼻歌をハミングしながらコートを羽織り、スマホと鍵を持っておもてにでる。
 お腹がとても空いている。そして直人からの返信をキリンのよう首を長くして待っている。もうすぐローソンに到着をする。
 午後0時の日差しに包まれその眩しさにひととき目を伏せる。
 

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