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ふたりだけの夜に

 おじゃましまーす。なのか、ただいまー。なのかいつも部屋にはいるたびに考えてしまいそうこうしているうちに玄関でサボを脱ぎきちんとそろえついでに直人の安全靴もそろえて無言のままリビングに上がりこむ。ソファーにはいなくテーブルに座っているのでもなく直人は万年床のぺちゃんこの布団の上でまるで子どものように丸まって眠っていた。ゴルフウエアのままだったから、ああまたゴルフだったんだなとおもいつつ直人から視線をテーブルに移しコンビニで買ってきただろう弁当の空の容器と空の缶ビールをガサガサと片しだす。
 缶ビール500㎖3本とハイボール2本。はぁ、ため息がでる。いまに始まったことではないけれどしかし呑み過ぎだ。ゴルフだったから昼間だって呑んでいるに決まっている。はぁ。2回目のため息がやや大げさすぎたのか、ごそっと布団の上の大きすぎる子どもが上体を起こしいつきたの? と眠たそうな声で囁きかける。
「いまさっき」
 それだけいい寝癖がついていてひどく眠たそうな直人の胸におさまる。そのままキスをし直人を押し倒した。
「眠たいの?」
 上に乗ったまま声をかける。部屋は暖房で温かい。今年はまだ温風ヒーターを出してはいない。灯油買ってくるのめんどくさいもの。直人が先週いっていた。そのかわりと前置きをし、〇〇センターで毛布みたいなスエットを買ってきたんだよといいそのほんとうに毛布みたいなスエットをみせてくれた。これ着る毛布だね! すごいねと感心しそれを着て近所のローソンにいった。
「温かかったの。もうコートもいらないよ」
 先週はそんな話をしていたけれど今週はそうもいかないほど、異様に寒い。
「うん」
 疲れたしという返事が返ってきて直人のまぶたがゆっくりと閉まった。お風呂沸いてるからと小さな声がし、うんとうなずきお風呂に入りにいく。部屋の灯りを常夜灯にした。
 20時半過ぎ。まだ眠たくなどはなかったけれどお風呂から上がり化粧水をつけ睡眠薬と抗うつ剤を飲み直人の隣に滑りこむ。わたしの気配を感じとったのかわたしの体を背後から抱きしめる。無言。直人とわたしは布団に入ったら会話が極端に少なくなるというかなくなる。ただ抱き合ってお互いを確かめあう。まるで世界にふたりだけになったかのように。いや確かにこの時間だけは確実にふたりきりなのだ。
「なん時に帰ってきたの」
 語尾をあげつつ訊いてみる。
「3時くらいかなぁ」
 そうなんだ結構早かったんだね。その会話を最後にもう会話がなくなってしまった。
 付き合いたてのカップルじゃあるまいしドキドキはしないけれど直人とあうとただ抱き合うだけで言葉などはいらないようになってしまう。いつまでたってもわたしを抱く。顔が好きとか性格が好きとかそういったものではなくてわたしは直人の下半身が好きなのだ。素直で敏感でわたしだけのもので逞しい。
「俺って体だけなの?」
 いつかはいわれるかもしれない。「俺なんていてもつまらないだろ?」直人はいつもそういっているのだから。
 つまらなくないよと口ではいいながらも体ばかり求めてしまう。求めても求めても足りなくてわがままになる。酒を常に呑んでいるので酔いがさめた瞬間に合体をしないとならない。そのタイミングはしかしあまりない。だから泊まるしかない。
 明け方。
 おもてはまだ暗いけれど明け方だなと感覚でわかる。
 シラフになったおとこはやっとわたしの存在に気がつき抱く。いまやっと認めたかのように。
 裸のままふたりしてまた眠る。夢なのか現実なのか曖昧でわからなくなる。頭はぼんやりとしているのに体だけは違いきちがいみたいな声をだしバカみたいに泣き叫んだ。静寂な住宅街にスズメも鳴いてもいない早朝におんなの嬌声だけがひびきわたる。
 ちゃんこ鍋のような匂いが漂ってきてはっとし目を覚ます。メガネをかけテーブルのほうをみやる。直人がひとりで鍋をしていた。なん時だろうと時計をみると11時半をちょっとすぎたところだった。
 体を起こすとやっと起きたかといわんばかりに、おはようとあいさつをし、鍋食べると訊いてくる。
 いらない。という仕草をしお手洗いにいきついでに顔を洗った。最近いろいろな種類の鍋つゆが売っていて試しにいつも食べているらしい。
「あとで食べなよ」
 また寝ようとしたわたしの背中に声をかけてタバコを手にとりうまそうに吸いだした。
「みそ味だよ。前回の塩レモンはイマイチだったけどみそはうまいな」
「とり野菜みそとどっちがおいしい?」
 うーんどうだろうと真剣な表情をしタバコをはーっと吐きだす。とり野菜みそは石川県の名物で最近はどこでも買えるようになった。子どものころよく食べたよと話してくれたことがある。
「とり野菜かなやっぱり」
 まあそうだろうなとおもうこたえになぜかほっとする。石川県はご当地グルメが多い。チャンピオンカレー。ホワイト餃子。とり野菜みそ。
「29日はとり野菜みそにしてね」
「うん」
 29日の仕事納めの日にあいにいく。毎年仕事納めの日にボーナスをもらうので絶対にいっている。わたしにもちょっとだけボーナスをくれるのだ。潤沢な日。
 そして、1年ってさ早いよね。だとか、寝正月だよ酔っ払いだよ。だとかいいあい初詣に歩いていく。去年は2日にいった。けれどさほど混み合ってはいなかった。今年もきっと去年くらいだろなと予想をする。
 なにをお願いしようかな。布団の中にもぐって考える。
「結婚してください」
 プロポーズはどうだろうか。逆プロポーズ。きっと腰を抜かすに違いない。結婚をしたいのではない。ただ安心ができる肩書きが欲しいのだ。
 かたがき、かぁ。布団の中でもごもごと声をだす。婚姻届に判を押すだけで世界が変わるとはとうていおもえない。おもえないけれど婚姻の事実は絶対だ。このままでもいいけれど来年はねぇ。
 考えてもしかたがないけれど頭の中はリアルなことを描きだしている。わたし達はもう立派な大人なのだから。

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