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かに

 まいちゃんからどっぷりと暮れた時間にLINEがきていた。
【カニをもらったの】
 カニ? なぜにカニなんだ? そんな疑問を抱えながら我がかわいいすぎる娘をボーリング場までお迎えに行った。
ー社会人にもなってさ、ママにお迎えに来てもらうなんてさ、ちょっとやばいかなぁー
 前日の夜、店屋物をテーブルに並べ質素な夕食を食べているときそんなことを口ごもりとゆうか口をモゴモゴさせそういった。
ーなんで? いけないことなのかな。それってー
 しかしなんてかわいいんだろう。19歳のまいちゃん。あたし的にはまだ彼女はたったの9歳でとまっている。
ーんんん。別に。気になっただけ。うん。ママお迎えに来てねー
 店屋物に関してはほとんど毎日で絶対に見切り品を買う。お互いに働いているので食べることより身体や精神を休ませる時間か何よりも大事なのだ。ねぎまをほおばりながらまいちゃんは幾度かゆっくりと瞬きをした。
 
 まいちゃんは税理士事務所で働いている。
 今夜はその税理士のたまごたちが方々からたちまち集まって勉強会と懇親会があったのだ。  
【もうついてるよ。入ってすぐの立体駐車場にとまってるよ】
 既読になってすぐ、まいちゃん了解です。というまいちゃんの名前独自のスタンプが送られてきた。
 はたしてまいちゃんは大きな袋を抱えながら車に乗り込んできた。
「はぁー。疲れたぁ。絶望的に」
 まったく絶望的ではないちょっとだけおどけた口調でいいながら
「これこれ」
 と、手に持った袋をあげてみせる。どれどれ。あたしは心もとない灯りの中、袋に書いてある文字を目で追う。
『北海道カニ道楽』そんな名前が書いてあった袋だった。
「すごいじゃないの。それ、タラバガニだよ」
「へー。うちは食べないけどね。ママもダメじゃん」
 あたしたちは親子なので ー?ー お互いに甲殻アレルギーなのだ。エビカニダメ。まいちゃんはあーあー、と途方に暮れる。
「カニかぁ」
 ほほう。あたしはそういえばね、と、切り出す。まいちゃんは、なに? と続きを待つ。
「そういえばね、ママはまいちゃんとりゅうを産む前はカニもエビも食べれたんだよ。けどね出産したら体質が変わったみたい」
 本当にそうだったのでそういった。昔はカニが大好きだった。北陸カニツアーにも一人でいったほどだ。
「じゃあ、うちも出産したらさ、体質変わるのかなぁ」
「さぁね〜」
 あたしは首をかしげる。てゆうかさ、まだ彼氏もいないじゃん。とははっきりとはいえない。
「帰ろっか」
「うん。眠いの」
 車内にはカニ独特の匂いとまいちゃんが宴会をしてきたという焼肉の匂いとが混在しファブリーズがしたかった。
「やっだー。スーツがくさいー」
 我が娘はかわいい声でぶつぶつと何かをいっている。 ーデネ、センパイガネ、ミキチャンハアマリネタベナイノデネウチハ、アソウソウー
 まいちゃんは壊れたおもちゃのように途端に喋り出す。へー、そうなんだ。え? ボウリングやって一番ベリだったからカニもらったの? ふーん。
 あたしはその言葉のいちいちに相槌をうち大仰にこたえる。
 いつしかこの役目も彼氏になるのだろうか。
 子どもはいつまでもあたしのものではない。最も社会人である今など特に。
 カニは冷凍庫にしまった。
 タラバガニは紅ゴムに縛られて箱の中でまあるくうずくまっていた。
「かわいいー」
 蓋を開けた途端まいちゃんと声が重なった。
「なんてかわいいの」
 ふふふ。顔がぱあっと明るくなるのを見てあたしはクスクスと笑いながらあなたも同じくらいかわいいんだけれどね。そう思ったらなぜかしら目頭が熱くなって目の縁が赤くなるのを悟った。
「ニヤー」
 エドが匂いにつられてかまいちゃんの足の周りでゴロゴロと喉を鳴らしている。

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