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いぬと一緒に

 あけましておめでとう。三ヶ日を過ぎ仕事始めのころ修一さんからメールが毎年届く。仕事始めのころというところが重要で三ヶ日はよき夫。よきお父さんを演じているのだから仕方がない。話しを聞くかぎりは『よき』なのだろう。
「年末にさ、家族で犬と一緒に泊まれる宿にいってきたんだ」
 久しぶりにあったのだった。たしか10日ぶりくらい。あうとあってない間に起きた出来事を話す習慣になっているのだけれどわたしはまるで話ことはなにもないにひとしい。犬とぅ? と笑いながらいい、奥さんと子どもとも一緒にだよね? とは喉元でとどめておいた。
「そう。犬とね。ここ大事」
 大事って、とわたしは笑う。久しぶりにあうということでお化粧をあんただれくらいのいきおいで真剣に施してある。自画自賛をしてしまうほどぶっちゃけてきれいだとおもう。よしって感じ。
 29日の朝にでてあいにく天候が悪くなり雪道を走ったと話す。家族4人と犬2匹。
「雪道なんて慣れてないからもう宿に着いてクタクタでさ。酒飲んですぐに寝たし」
 へー。そうなんだね。わたしはそれはそれはお気の毒になどという感じで修一さんの顔をのぞき込む。
「けど、楽しかったんでしょ?」
 意地悪でそう訊くと、あ、うん、まあねという煮えきらない返事が返ってきて聞かなきゃよかったよと自分から聞いておいてすぐに後悔をした。
「元旦から調子が悪くてさ、けど嫁さんの実家にいき、俺の実家にもいって。みんなで寿司食べにいってさ」
「うんうん」
 とりあえす相槌だけをうっていたけれどなんだかそんな話などどうでもよく聞きたくもなかった。話は右から左にすり抜けてゆく。
 わたしの仕事部屋にきていた。オイルマッサージをしてほしい。とあけましておめでとうのあとつけ足してあった。
「ちょっと風邪気味だね。寒くない?」
 シャワーをし急いで電気毛布の敷いてある布団にうつ伏せにさせる。大丈夫だよ。うつ伏せの背中には少し正月特有の肉が乗ったような気がする。
 パソコンから流れてくるYouTubeの洋楽はジャズで心地がいいのかマッサージをされている修一さんの横顔は眠っているようにみえる。
「……、な、あ」
 え? ずっと沈黙だったのに急に話しかけられてはっと顔をあげる。
「は、はい」
 腕をとめて返事を返し、話のつづきを待つ。けれど、そのごの言葉がでてこないのか待っても待ってもなにも聞こえてこない。
「なに?」
 だからこちらから質問をする形になった。
「え? なにってなに?」
「え? だって、さっき、なあ? っていわなかった?」
「いってないよ」
 いやいやいったって、とどうでもいい押し問答がつづきまあいっかということになりまた指を動かした。
 なにをいいたかったのだろう。ぼんやりした頭で考える。修一さんはほんとうに普通のお父さんだ。きちんと家族を連れて実家にいきお正月を過ごす。まあこれが世間一般だとしたらわたしにはその習慣などはない。なにせ実家がないのだ。
 修一さんに起こるあたりまえの出来事はわたしにとっては未知なる世界なのだ。彼にはそのような不幸な話はしたことはない。というかだれにもしたことがない。わたしの生い立ちが悪いってことを。親がわたしを捨てたっていうことを。お正月が大嫌いだということを。修一さんは知らない。知らないからわたしに話す。
「お前は? 正月どうしてた?」
 いままで一度も訊かれたことはない。わたしのお正月などどうでもいいのか聞いちゃまずいやつかと察しているのはは不明だけれどとにかく訊かれたことはない。
 マッサージの途中からいつのまにか抱き合っている。オイルにまみれわたし達はあわなかった時間を埋めるかのように必死で抱き合う。そのときだけわたしのものになった気がする。そのときだけは。奥さんとはそういった行為をしていないというけれどそんなことはどうでもよく奥さんはしてもしなくても家族だから体ではなくて心で繋がっているのだ。体だけで繋がっていても虚しいだけ。それはずっと前からわかっている。
 不倫だ。影武者でいないといけない。嫉妬や羨望などをもう乗り越えているつもりだった。つもりだっただけなのか。家族で旅行と聞いたとき、胸がひどく痛み針で刺された感じがした。
「こんなことしてお父さんは」
 暖房が効きすぎていて部屋が常夏のように暑く修一さんは汗だくだった。肩で息をしている。
「ダメだな……、俺」
 わたしの言葉のつづきを受けとりそうつづけ、バスタオルで汗を拭う。
「やめる?」
 やめてもいい。もしまた奥さんに関係がバレたら。こわかった。
「わからない」
 ジャズが軽快なメロディーで流れてきておいおいいまその音楽じゃないだろと突っ込みたくなり、わたしは顔をバスタオルでおおった。
「めんどくさいな」
 ちっと舌打ちをし小声でいうその声に肩をぶるっと震わせわたしは目頭を熱くさせ、目の前が暗闇に舞い込んだ猫のよう真っ暗になる。
 めんどくさいな。か。
 めんどくさい関係なのだからしようがないじゃないか。やめてもいいってあんに匂わせているにも関わらず、修一さんのほうがわたしから逃げている。
 都合がいい女だってことはそんなのずっと前からわかっている。わたしだって大人だ。お化粧をしきれいにみせても同じよう歳をとってきた人間だ。
 苦しいおもいから解放をされたい気持ちと苦しいけれど彼を失いたくない気持ちがせめぎ合いいつも困惑をする。
 それでも彼が帰るとき、またねといって抱きつきキスをしてしまうわたしのほうがよっぽどばかなのか単純なのかさみしいだけなのかそれはどうなのかさっぱりわからない。
 わかっているのはただ、あなたそのものが欲しいだけ。殺してもいいくらい。欲しいだけなんだ。

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