あめ
「なんで週末になると雨が降るんだろうか」
直人とテレビをみながら柿ピーをつまんでいると誰にともなくつぶやいた。けれどこの部屋に今あたしと直人以外誰もいない。あたしに向けた言葉だとおもい
「雨なの? 明日は」
口の中にまだピーナツが入っている。そして歯の間に挟まっていて不快だった。
「ゴルフなの? もしかして」
直人がなにもいわないからあたしは続けた。申し訳なさそうに、うん、まあそうなんだよねと肩をすくめた。
毎週毎週大体ゴルフに行っている。けれど別にあたしはそれでいいのに直人側はあたしに気を使ってか申し訳ないみたいな態度で接する。以前『またゴルフなの!』と怒りをあらわにしたことがあるからなのだろう。その怒りは直人の誕生日にまさかのゴルフだったから怒っただけなのだ。けれども当の本人は自分の誕生日などすっかり忘れていて、えっ? 誰の誕生日なの? とすっとぼけた顔をしすっとぼけた声を出した。
「冷蔵庫、あ、冷凍庫ってなんか壊れてない? さっきアイス食べようとおもっていたら溶けてたの」
ブイーンとちょうど良いタイミングで冷蔵庫がうなる。最近気のせいかうなり声が大きい気がする。そのことも伝えた。
「そうそう冷蔵庫もあまり冷えないんだよね」
おい! 気がついていたのかと突っ込もうとしてやめる。直人はさらに続ける。
「昨日はあずきバー凍っていたんだよねー。2本食べちゃったけど」
「だよね。ないなって。あたし探したもん」
探してないけどなかったのでショックだった。
「壊れたのかな。冷蔵庫……」
またブイーンと冷蔵庫がうなり声をあげた。壊れたんだよと訴えているみたいに。もう20年以上は使っているという。
「寿命だよ。なんでも寿命があるよ。特に電化製品はね。けど長く持ったね。優秀だね」
そうだねと直人は平然とした顔をした。仕方ないなという顔で。
凡庸な時間もいつかは寿命がおとずれるのだろうか。こんな穏やかな時間がたまに怖く感じるときがある。
テーブルを手で押してちょっとだけいざらしあたしの膝に頭を乗せ横たわる直人は眠たいといいながらあたしの腰に腕を回す。
「もう寝ればいいよ。明日早いんでしょ?」
「7時」
なんだいつもの時間じゃんというとそうだからあまり早くないよといいかえす。酒を飲むとすぐに眠たくなる直人は年々酒が弱くなっているような気がしないでもない。事実弱くなっているのだ。けれど眠くなるのが特徴なので決して酔っても危ない人物には変貌しない。
直人の横顔をみつめながら形のいい耳を人差し指でゆっくりとなぞる。スースーと子どものような呼吸音がする。テレビの中では誰か知らないお笑い芸人が大声で笑っている。テレビの音が途切れたときおもてからシトシトと泣き声のような湿った音がして、あっ降ってきたんだとおもい手を伸ばしカーテンを開けるとやっぱり雨が降ってきていた。昼くらいから分厚い雲がたちこめていたし頭が痛かったのはやはり雨のせいだったのかと納得をする。秋の雨はひどくものがなしい。
雨の粒が部屋の蛍光灯に反射してまるでダイアモンドのように輝いている。雨には寿命はないのだろうか。
冷蔵庫や人間やとゆうかなんでも寿命があるというのに。
あたしはしばらくの間雨をみつめていた。こうやって直人の温かさを感じながらいつかくる寿命をおもいながら。
単調な毎日の中で好きな人との接触はなんて幸せなのだろうかといつも考える。
この時間だけがあたしが生きているという証になり力になる。
明日雨だし掃除でもしようかなと雨をみつめるのをやめてゆっくりと瞬きをしテレビに視線をうつした。お笑い芸人はまだ大笑いしている。
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