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つくし

「あのね、聞いて、聞いて!」
 日曜の昼下がり。わたしは徒歩3分のところにあるローソンでたまごサンドとハムサンドと豆乳と鬼殺しとから揚げくんを買ってうちに帰る途中とんでもないものを見つけてしまい慌てて直人に駆け寄った。
「なに? なんなの?」
 メガネを掛け、ジャージ姿の直人がソファーから体を起こしわたしの方に顔を向ける。不思議そうに。
「つ・く・しを発見しました!」
「……」
 で? そんな感じの顔をし、なにもいわずまたソファーに横になった。酒ちょーだい。とだけはいう。
「つくしだよ。春が来たよ。花粉がすげ〜よ」
「……」
 ハクション! 案の定くしゃみが出て、花粉が飛散してるなとおもう。直人はまだ黙っている。興味などちっともないのだろう。
「つくしって食えるの? そういえば」
 ややしたあと急に喋りだす。テレビはお笑い番組がやっており、クスクスと笑っている直人は滅多に笑わない。そんなに面白いのだろうか。
「食べれるとおもうよ。ほら、だって、ワラビとか木の芽だとか。あるでしょ? 春って」
 まあ知らないけれどね。とはいわなかった。ググってみたらとも。
「今年は開花が早いっていってたよ。またお花見行こうね」
 近所にさいわいにして桜並木がある。毎年行っている。今年で桜を見るのが6回目になる。直人はきっと知らない。どうして女ってこうゆうイベントめいたことを憶えており、大事にしたがるのだろう。付き合った日だって憶えている。八月十八日。あの日。直人に出会った。飲み会で。そしてその日に直人のうちに泊まった。なんとなく付き合うかという言葉や好きだの愛してるだのという単語もないまま今にいたる。だから付き合っているとかそうゆうの、よくわからない。今さらだけれど。
「うん。行こうね。夜桜ね」
「うん。夜桜ね」
 わたしはくり返した。遠くで子どもの笑い声がし、近所の犬が吠えまくっている。そしてカーテンが、風によりふわりと宙に舞い、また、萎む。わたしはたちまち悲しくなる。こうゆう何気ない日常がひどくこわくてたまらなくなる。
「つくしもいいけどやっぱりラーメンだね。もやしたくさん入れてさ」
「もやしいいねぇ〜。なにせ、安い。20円」
「おお〜。じゃあ5袋買っても100円」
 せこっ、といいながらお互い顔を合わせふふふと笑う。なおちゃん目細いねというと無視をされた。
「そういえば、昨日スポーツクラブに行ったらさ、まあ、おじいちゃん、おばあちゃんがいてさ。憩いの場のようだったよ。あたたかくなるとさ、人間も出てくるね。うちの中からね」はははと笑い、鬼殺しをストローで啜った。
「春か……」
 誰にでもなく口の中で言葉を転がす。別になんてことはない。ただの四季であたりまえのように巡ってくる季節。けれどどことなく寂しくもあり、鼓動が早くなり、右往左往しているわたしがいる。
「なおちゃん、」
 意味もなく問いかけ、直人に抱きつく。懐かしい匂い。わたしは直人の匂いを嗅ぐ。なんでわたしはこの男と一緒にいるのだろう。飽きることがないのはどうしてなのだろう。
 さっき買ってきたたまごサンドを開け、一口だけかじる。じわっとするたまごエキスが口の中に広がりどうでもいいけれどとてつもなく幸せを感じ、とてつもなく美味しくてわたしは半泣きでたまごサンドに必死に食らいつく。逃げやしないのに。

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