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Merry Xmas

「うれしい」
 しゅうちゃんの助手席に乗ったせつなすぐに口にした。
「うれしい?」
 語尾を上げ、どうして? そんな顔をしながら同じ言葉をくりかえす。うん、だって、だってね、そこで言葉を切る。夕暮れ時。5時45分。おもてはまだ少しだけ橙色を残しつつ夜を迎え入れる準備をしている。橙色はまるで干し柿のようだ。
「だって? なに?」
 ハッとした顔をしゅうちゃんに向け、ううん、なんでもないわ、と首をよこにふる。なんだそれ。しゅうちゃんはとても優しい声をだし目を細める。車の運転の時にだけメガネをかけている。メガネがまた似合っていてあたしはさらに好きを意識する。
『クリスマス・イブにあえるなんておもわなかったから』
 別にいいたいことをいえばいいのにどうしてもいえなかった。でたっ。女ってすぐそうゆうイベントごとにこだわる。そうやっていわれるのはわかっているし、こいつまだそんな乙女チックなこと考えているんだ。と思われるのがしゃくだったかもしれない。

 ホテルに入り、あ、今日ってクリスマスじゃん、でもイブだけれど。しゅうちゃんはテーブルの上にあるイベントのおしながきを見つめながらつぶやいた。あらそうだった、やだぁ、へー。などとあたしもすっとぼけた声をあげる。
「はぁ? 知ってたくせに」
 あはは、バレたか。あたしはへらりと笑い肩をすくめた。でもさ、別にケーキなんて食べないしてゆうか酒飲んで終わりだよだってクリスマスっていってはしゃぐほど子どもじゃないし。あたしは必死で抵抗をしているしなんてこんなにも必死なのかよくわからなくなっていたけれどはいはい、と特に気にしてないしゅうちゃんを見たら妙に腹が立って仕方がなかった。

 しゅうちゃんはおこないのときいやに部屋を暗くする。あたしは明るくてもいいよ。そういうと、俺はいやだといいはるからドアを細くあけた細く入る灯のもと重なりあう。
 いつもいつも抱かれるたびにどうかなりそうになる。好きな男とのそれは生きている証拠のそれであり自分の身体の心の存在をいやでも誇示させてしまう。あたしはその度泣き出す。いつも死にたいと願い続けるあたしがこんないっときでも幸せでいいのだろうかと。しゅうちゃん、このままあたしを殺して。あたしはいつも願っているの。けれど目の前の男は猛烈な勢いであたしのちょっと太った身体全てを抱く。
「あ、」
 決壊を告げる声はいつもの何倍でも早くて決壊したあとで、早くてごめん。と2回ほど謝ったあとあたしを抱き寄せた。ううん、あたしは小声でささやき、しゅうちゃんの頭を抱え込んだ。この男はどうしてこんなにあたしをダメにしてしまうのだろう。もっと、もっと、とせがんでしまうのだろう。もっともっともっとしたい、もっともっと入っていてと思うのだろう。出ていかないで。と叫んでいるのだろう。ああ、と納得をする。あたしはしゅうちゃんに抱かれるたび死んでいくのだ。なにも殺してもらわないでもしっかりといちいちあたしを殺しているのだ。快楽の海原に投げ出しそして他の人の元に帰る。あたしはその度に感情を押し殺しだから殺されている。血を流さないでも涙と体液を流しながら。
「気持ちが良くて、つい」
 しゅうちゃんはクスクスと笑う。なんでこんなに気持ちがいいのだろうな。さあね。あたしは惚けるけれど内心では算数で100点をとった小学生のような顔をし嬉しくて笑う。身体だけでもいいの。心はいらない。そういってあっている。割り切っている。はず……。なのに。
「ケーキ買って帰るかな」
 着替え終えアイコスをふかしながらしゅうちゃんが何気なく言葉を発する。あたしはなにも聞こえないふりをした。家族に? そうだよね。だっておとうさんだもんね。
 胸がちくちくといたんだ。剣山がつきささりあたしはまた殺された。
「帰ろっか」
 今にも涙が垂れそうだったので立ち上がる。部屋の暖房が効き過ぎていて背中が汗ばんでいた。
「来年だな。今度は」
「え、ええ」
 びっくりした。しゅうちゃんが次にあう約束をするなんて。本当にびっくりして泣きそうになった。あたしってどんだけこの男のことが好きなんだと呆れた。あんなにぞんざいな扱いをされていたのに。あたしを何度も捨てているのに。なんで、あなたは……。

 おもてに出ると冷たい冬のクリスマスイブの空気が心地よく空を見上げ感嘆の声を上げた。
「星がきれー」
「え?」
 ふたりして夜空を見上げるも本当は星など出てはいなかった。分厚い雲がたちこめている。
「みえねーな」
 やだぁ、老眼じゃないの? あたしはクスクスと笑いながら心の中でえんえんと子どもじみた声で大声を出し泣いている。

Merry・Xmas

よい、クリスマスを。

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