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さけのみの男

 あうといつも酔っていた。酔っていないときの姿をみないほうがつき合った5年の中で日数にしたら30日くらいだったと思う。
 出会ったときも泥酔で異様にテンションが高くノリのいい人だなぁと思っていたし、多弁だったし初対面のあたしのことでも、あやちゃーんなんて気さくに呼んでくれ、馴れ馴れしく肩を組んできたりしてそれでもおさまらずに、チュッと唇にキスをしまだし足りないのかあーんといってポテトフライを口移しにくれたりもした。
 そのあと、まあ二次会に行きなんとなく流れで。という漫画に出てくるようなお決まりコースを辿りつつなんとなくつき合っていてなんとなく今はもう別れてしまっている。

 とにかくハイボールが好きで(それも缶のやつ)家中にハイボールの空き缶がゴロゴロと転がっていた。片しても片しても赤いビニールの地域指定ゴミ袋は1週間で満タンになる。空き缶でなにかできないかしら? 缶蹴り? 缶でロボットを作る? 紙粘土を貼って花びんに? とかいろいろと模索をしてみたけれど結局なにも生み出せないまま空き缶だけが増えそれに比例して体力が減っていった。ついでにお金も酒とタバコで減っていった。なにもいいことなどありぁしない。

 ある日の日曜日。捨て忘れたのか空き缶が3袋も溜まっていて、もう、たいがい捨てないとまずいって、とやんわりと叱ったことがある。
「うん。そうだね」
 その日も朝からハイボールを飲んでいて安定の酔っ払いだった。あ、そうだ。あたしはとてもおもしろいことを思いついた。
『ガチャガチャ』
 空き缶の入っている袋を全部床にぶちまけた。男は、おおう、とびっくりして飛び上がった。
「な、なにしてんの?」
 へへへん、とあたしは薄く笑い、いいからそのままこの上で寝そべってよ。と軽い口調で命令をした。
 へ? そんな顔をし、なんでまた? と怪訝そうに首をかしげる。
「いいから。寝そべって。ハイボールは持っていてもいいから」
 空き缶といってもまだ多少なり水分は残っていて床が濡れていた。わかった。男はもうやぶれかぶれな声を出し缶の上に寝そべった。
 そのまま、そのままでね、といい聞かせて、カメラで真上から男と空き缶を撮影する。カメラはいつでもシャッターが切れるよう手に届くところに置いてある。
 あたしの職業は商業カメラマンで主に市の小さな雑誌の田舎写真を撮り歩いている。人物は目の前にいる男以外撮ったことはない。
 被写体に慣れている男はカメラを前にするときちんとそれなりのポーズをとる。泥酔であろうが、裸であろうが。
「今回の題名は酒に溺れる男。どう?」
 空き缶に埋もれた男の姿をモニター越しに男に見せる。
「どう?」
 いやいや、そっちに聞いているんだけれどね、あたしはあははと笑う。
「いいんじゃないかな。うん。とてもいい。もうなんというか、酒が好きで酒と心中みたいでさ。自画自賛だよ。うん」さらにそうつけたした。
 とてもいい写真だと自分でも頬が緩んだ。はじめて空き缶を利用しいっそすがすがしい気分になったのだから。
 撮影し終えたあと汗だくで床を掃除していたら男が珍しく欲情をしてきてシャワーもしていないあたしの汗まみれの体を酒臭い体で抱いた。真夏だった。お互いの汗の匂いと空き缶から漏れていた腐ったようなアルコールの匂いと彼の酒臭い息。
 レースのカーテンが時折熱風の風で膨らんでは萎み膨らんでは萎んでを幾度か繰り返しあたしはそれを横目で見つめながら、ああもうダメだと悟った。それでもあたしはきちがいのように声をあげ絶頂に達した。バカみたいだなと頭の中では冷静でいても体はもう男のいいなりのそれでけれどもうダメだとやっぱり悟った。
 あたしが居るから酒を飲む。普段は寡黙でおとなしい男だ。酒がないと喋るのもままならない男で会社では30代の若さで係長になっていた。
 女で自分をダメにする人がいる。
 スナックのねーちゃんにはまったり、風俗嬢に熱をあげたり。
 そうゆう男はとても弱い。彼はそのどちらでもないけれどあたしが居なくても単純に飲むだろうしあたしが居なくなってもなんとも思わないだろう。けれど……。もうこれ以上男が酒に呑まれてゆくのを見るのが辛くなったといえば美化されるが、本当はよくわからなくなったのだ。
「じゃあね」
 いつものようにいつもの口調で仕事に出かけそのままもう1年帰ってはいない。実家に帰ったのだ。けれどわかっていたけれどメールも電話もない。想定内だった。

「『酒に溺れる男』アサカメの特賞だね。すげー」
 朝出社したら社長がアサカメを持ってきてあたしの目の前でそのページを見せる。
「おもしろいよ。これ。あやちゃん、人物も撮ってみたらどう? 今までずっと断ってきたけれどさ。もう、これで断れないよ」ガハハ、と社長が唾を飛ばして下品に笑う。
「まあ、そっすねー」
 特賞ねぇ。なんとなく出した写真がなんとなく賞を取りなんとなく男が気になってなんとなく電話をしたら
『この電話番号は現在使われていません』
 男じゃなく、機械的な女の声がして、おや? あたしはそのアナウンスをずっと耳にあてて聞いていた。
 


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