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Two people in the rain

『雨が止まない』 
 雨の日はこうゆうメールが来ることがたまにある。あるけれど本当に雨ばっかりで(梅雨だから)もうこりごりだぜみたいな顔をしながらメールを打っている男の顔が目に浮かぶ。
 時計をみると11時だった。夫は土曜日だというのにいなくて出かけたのも全く気が付かなかった。昨夜2度セックスをした。週に一度必ずあたしを抱く。抱くというか性処理の道具なのかと疑ることもあるけれど夫のことは好きなのでそれでも抱かれるのは嬉しい。
『やまないね』
 洗濯機を回して顔を洗ってから返信を返す。カーテンを開けると雨がシトシトという音を立てて降っている。また部屋干しかとチッと舌打ちをし冷蔵庫を開ける。ハイボールしかなくて手に取りプルタブを引く。まあ土曜日だしいっかと休みの日は朝から酒を飲んでいる。酒がないとやってらんねーよというのがあたしと夫の口癖で酒は水替わりだしは夫だけの口癖だ。
 冷たいハイボールが喉を通過し胃に染み渡るのがわかる。口の端からハイボールが溢れ野生児みたいに腕で拭う。裸で眠っているから今も裸でハイボールでおもては雨だし憂鬱で死にたくなる。
『うち?』
 うちに決まっているけれどメールをしてくるあたりがしらじらしい。
『うん。会いたいよ』
 男からは絶対に会いたいとはメールをしてこない。だからあたしが誘わないとならない。もうさいいじゃん。そんな駆け引きはさ。という言葉は本人を目の前にするといえなくなってしまいあたしがあたしでなくなる瞬間だ。男と会っている時の自分って一体どこの誰だろう。夫の前のときとではまるで違う。
『じゃあローソンに行く』
 それでも会えると思うと嬉しさが荒波のように押し寄せてきて浮き立つ足元がふらついて倒れそうになる。さすがに朝からのハイボールはきつかったか。浮きだったまま適当に着替え適当にお化粧をし傘をさしてローソンに向かう。その頃には少しだけ酒は抜けているようでおもてに出たら急に気圧のせいか頭が痛くて違う種類のめまいがあたしの体の中に侵入してくる。
 コンビニで買った透明のビニール傘は曲がっているし雨で足元は濡れるし頭がいたいし男にあうのに会うまでこんなにもひどい仕打ちを受けるなんてやはり会ってはいけない男だからなのだろうかと水たまりの中に足を踏み入れたときぼんやりと考える。夫には申し訳ないけれど全く罪悪感は持ちわせてはいない。夫は夫だ。男はどうなのだろう。男のことが未だによくわからない。男もただの性処理の道具以外のことは考えてもないとは思いたくはないけれどもうそれしか会う理由もないからそうだと思うしあたしだってきっとそうなのだろう。
 体の相性がいいとはなんて幸福で奇跡であり素晴らしいことなのだろう。けれどその逆も然りで体の相性がいいってことはもう地獄ともいうべきことなのかもしれない。依存麻薬中毒精神安定剤のように求めあってしまう。所詮人間も動物だ。深く考えることなどはないけれどおしなべてただの男と女なのだ。
「ごめん。びちゃびちゃだよ」
 ローソンにいた男の助手席に座りながら傘をたたむ。なんでそんなに濡れるかなぁという顔をしつつも、はい、とタオルを渡されて足元を拭く。ありがとうと受け取りつつ雑に拭いてからはいと返す。
「傘折れてるな。俺のあげるわ。あと」
「あ、うん。ありがとう」
 わっ、なんでこう優しいかなこの人は。大人だから? けれどたった5つだけ上だしななんて思いながら男の精悍な横顔を盗み見る。うわっ、まぶしい。男は大層いい容姿の持ち主で男に会うと、やっぱ男は顔だよなぁと思ってしまう。いやいや顔じゃないよ性格という格言は決して嘘ではないにしろ容姿は絶対に大事だと思う。
「お前さ、酒飲んでんだろ?」
 ははは、と笑い、あれれわかるぅとまた笑う。男は肩をすくめてまあいっかと苦笑いを浮かべた。

「真っ赤だねぇ」
 行ったことのないホテルに入ると部屋が真っ赤だったので2人しておどろく。
「真っ赤だけれどさ、目がいたいな」
 あたしと男は真っ赤な部屋の真っ赤なソファーでシャワーもせずに違う雰囲気の中感極まってか抱き合った。男のワイシャツからは男臭い匂いがしたけれどまるで不快ではなくてそのままワイシャツのボタンを外していき男の胸に唇をあてた。
 ワンピースはあっという間に脱がされてしまいそのまま騎乗位であたしは男の上に跨り腰を上下させる。うっ、短い声が苦しそうな声が愉悦の声に徐々に変わっていき男は呆気なく果てた。嘘っ! まじで。まさかそんなに早くことが済むなんて想定外だったのかぽかんとしたままお互い動けないでいた。
「好き」
 またぁ、それはいうなよ。男は逡巡を隠せない。けれど耳が部屋のように真っ赤になっている。
「好きだよ」
 そのあと何度も好き好きと繰り返したけれど男は決して微動だにし寡黙に動かないでいた。

 一緒にお風呂に浸かっているとき
「最近さ、コンビニで袋有料になっただろ? でさ、俺万引きを見ちゃったんだよね」
「へえ。そうだよね。だって袋に入れないから買ったか買ってないかもし人がたくさんいたらわからないしねぇ」
 そう、と男はいいながらあたしの髪の毛を撫ぜる。わっ、スッゲー絡まってるよ。とくだらない文句を垂れる。
「万引きかぁ。あたししたことないよ。今まで一度もさ」
「ええええ! 」
 浴室に響くくらいの声を張り上げて男はおどろく。なにか? 
「万引きしたことのない人っているんだね」
 はははと笑い、珍しいねぇと付け足し、酒飲みのくせにねぇまで付け足す。
「あ、違った。あったわ。万引きしたことがぁ!」
 ほう。なに? 男はすっかりのぼせている。
「今」
 ん? いま? とは? 男はとても訝しんで先を促す。
「うん。今。あなたを奥さんから万引きしてるわ」
 
 うちに帰ると夫の車があり「ただいま」と何食わぬ顔をして部屋に入る。
「雨すごかったね」
「うん。あ、傘買ってきた。ローソンで。だってあの傘壊れてたから」
 夫はすでに酒を飲んでいてほろ酔い加減でいい感じだ。
「あのさ、万引きしたことある? 」
 なにを突然いうのかなこの人はという顔をしつつも
「あるよ」
 素直に答える。
「小学生の頃消しゴムとか鉛筆とか。あ、もっと大きなものだとプラモデルとかかな」
「へえ。そっか」
 今はないけどね。とビールを片手にあたしの腰を抱く。
「したい。抱いて」
「無理」
 えーと口を尖らせながらもどうしてこんなに夫が好きなのに他の男までも愛せるのかが自分でも不思議でならない。愛ってなんだろう。好きってなに? 
 わからない。
「明日出張で神奈川に行くからさ。スーツ用意しといて」 
 うん、と顎を引き夫の胸の中におさまった。男とは全く違う匂いがしてけれど寂しくはないあたしはそういえば浮気をしているということをすっかりと忘れている。買ってきた傘は男から貰ったものできっと夫はそれを明日持って出かけるに違いない。

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