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あしとシャンプー

「もう松葉杖とれたんだね」おじゃましますと部屋に入りテレビを観ていた直人が振りかえったと同時にいわれる。
 あ、うんと曖昧にこたえて直人の隣に座る。
 10日ぶりにあった直人はやはり10日前とは少しの変わりもないけれどそれでもやはり10日間の間でお互いに些細なニュースはあるし10日間の間でこうやって松葉杖もとれたり10日間の間にちょっとでも浮気をしているかもしれないという被害妄想にやられそうになり直人に抱きつく。抱きついてもおおおという口の形だけをして別になにも動じない。
 あたしなりの愛情表現なのよと何度も伝えてあるからアメリカ人の日常のようになっている。ここは日本であたしも直人も日本人だけれど。
 あのね、と体から離れてあのねと話をしだす。ん? という顔をして話の続きを待つ直人の顔がとても幼くみえる。
「もう包帯をとってお風呂に浸かってもいいんだって。だから温泉にいきたいな」
「へえ。そっか。うん。また行くか」
 うんと破顔してまた抱きついたけれど以前いつ温泉に行っただったかまるで思い出せない。2年程前に混浴の温泉に行ったのが最後だったような気がする。もうラブラブであちちの時期は終わり今はまるで老夫婦のような会話と生活態度で新鮮さはもう埋没してしまっている。
 あ、風呂に入る? そういえば湧いてるわ。温泉の会話で急に思い出したのか真っ昼間だというのに風呂が湧いているという。
「なんで?」いやほらさっき草刈りしていてさシャワーしていたら浴槽も汚いしで洗って風呂をためたんだよ。直人は冷酒をたしなみつつそうこたえた。
「じゃあさ、シャンプーしてよ。まだ包帯とって風呂にはいったことないから。いい? いや?」
 いい? いや? と聞くのはあたしの癖。だいたいこの2択をいうとどうしてかいやとはいえなくなってしまうのだ。
 いいよ。いやそうな顔をしている直人の心の中は『めんどくせー』であり『また風呂はいるの?』と『わっ、風呂はいったらするパターンじゃね?』あたりだろうと心が透視できてしまう愚かな自分がなぜか誇らしくなる。
 じゃあ先に行って待ってるねーとあたしはさらっと洋服を脱いで浴室に向かう。包帯を自分でとるのは一ヶ月ぶりくらいかも。あとできちんと巻けるかなそんな危惧もあったけれどとってお風呂に浸かるともうなんだかどうでもよくなって体中の筋肉が弛緩していくのがわかりああもうこのままお湯に埋もれたい衝動にかられる。
 窓の外からはミンミンゼミがギャーギャーと鳴いている。シネシネシネシネと聞こえるのはあたしだけなのかなとぼんやりと考える。
 ほら、頭。直人が入ってきて頭を浴槽のへりに乗せろと促す。うん。痒いから強めでお願いしますね。はいわかりました。はははと笑いながらシャンプーをし始める直人の手が髪の毛を通ってゆくのは心地がいい。
 うっとりと目をつむる。いままで何回もシャンプーをしてもらっている。どうして人にシャンプーをされるとこんなに気持ちがいいのだろう。けれども直人はまあ雑に洗うので結果的に最後は自分で仕上げる訳だけれど。「ありがと」直人は先に出るわと先に出てゆく。あたしはまだお湯に浸かりながら包帯と筋肉の衰えによっていやに細くなった足をみてほそっとつぶやく。なんかこう気持ちがわるい生物の足になった感じがする。まああたし自体が気持ちの悪い生物なのだけれど。外見は普通に見せているけれど中身など過食嘔吐と鬱と妄想の中でしか生きながらえないこんな気持ちの悪い物体になってしまい心が折れる。
 あげく今はセックス依存になり直人では物足りないから他で処理をしている。セックスは手っ取り早い合法な麻薬で一気に高揚感が増しあああたし生きているんだな誰かの棹と体温によって思い知らされる。
 直人とに抱かれるも直人だけでは心の中の空虚を埋めることなどは出来ない。好きなのに。頭と体が乖離し別の物体になったのではないだろうかと思うほどいつも男を直人ではない男を求めてしまいすれ違う男を一瞬のうちに妄想でおかす。
 毎日軽く20人くらいと寝る。妄想の中で。
 食べ吐きを繰り返し頭が真っ白になり喉に異物がつかえてしまい窒息しかけたことがなんどもあってもう誰にもいえないこんな不気味な行為をやめないといけないいけないと決めていても寂しさに押しつぶされそうになると必ず食べて吐いてしまう。直人が知ったらどんな顔をするのだろう。宇宙人でも見るような冷めた目を向けるのが容易に想像できる。
 お風呂から出て裸で冷蔵庫をあけ缶ビールのプルトップをひく。プシュという音がして直人がこっちを見たけれど何も言葉はなかった。
「後でラーメン屋行きたいから乗せてって」
「あ、いいよ」
 けど、今ビール飲んだから夜でいいかな? 冷たいビールが胃に染み入る。喉越しがいいとはまさにこのことだ。
 いいよ。と直人は手招きをし裸のあたしを抱きしめる。するの? しないよ。なにそれ。あたしはけれど胸を揉まれていてあっ、と蚊の鳴くような声を出ししてしてと直人の耳元で呪いのようつぶやく。
「酔ってるから無理」
 それでもいいよ。抱いて。あたしは酒臭い直人の唇を自分の唇で開かせて自分が飲んでいるビールを流し入れた。胸にツツツと冷たいビールが溢れ落ちてくるのが心地がいい。あたしたちはこんな真っ昼間になんていやらしいことをしているのだろうとか頭の中で思いながらも唇を幾度も重ね合わせる。誰も見ていないから。 

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