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「ちっぽけだよ、ホント」

 彼は最近仕事が忙しく帰宅をするのは22時過ぎだ。朝はまだ薄暗い6時半くらいにはうちを出る。別にご飯を作って待ってる訳ではない。彼はローソンに寄り適当にビールとおつまみを買ってくる。
 ホットカーペットの上に毛布をかけうたた寝をしていたらガサガサと音がし、顔をあげるとくたびれている横顔の彼が帰ってきていた。
「ただいま」
 え? 彼がわたしの方に顔を向け、ただいま。と少しだけ笑いながらいい、それ、俺の台詞だとまた笑う。
「あ、おかえり」
 間違えたよ。とわたしは笑いおかえりとお疲れさまーといいなおす。
 作業着だけを脱いでもうそうしなければならないかのように急いで缶ビールのプルタブを引く。プシュと景気のいい音が鳴る。景気がいいのはビールを開けるときの音だけだといわれるのはわかっているからあえていわない。最近、もともと会話が少なかったわたしと直人はさらに会話が減り一緒の部屋にいるのにショートメールをするときもある。
「なおちゃん、なおちゃん」
「なに?」
 なんでもなかった。一日中眠っていた。わたしは今無職なのだ。
「呼んだだけ……」
「なにそれ」
 直人は笑う。缶ビールを舐めながら。わたしの顔も舐めて欲しいとおもう。彼のことが好きだから。けれど好きなのはたぶんわたしだけ。直人はきっともうわたしのことは好きでも嫌いでもない。甘い感情はもうとうになくなっている。わたしは気がついてないふりをする。
「部長になってさ、なんの得もないよ。遅くなるだけだし、責任がさ、重たいよ。派遣さんが辞めてさ、大変だしね……」
 なにも聞いていないけれど酔うと愚痴が出る。あまり弱音を吐かない人だけれどこうやって酒に飲まれると愚痴が溢れるように出てくる。男は外ではいつも毅然としていなくてはならない。直人はきっと毅然としすぎている気がする。だから、酒を飲むしタバコも呑むし女を抱く。わたしをただ、性処理のように抱く。とゆうか挿れる。
 わたしは黙って聞いている。黙って、そして優しい目をし、耳を傾ける。

「あのね、さっき、YouTubeでね、」
 お風呂に入り布団に入るともう0時を過ぎている。うとうとしている直人に話かける。万年床の布団。明日、あ、もう今日か。天気なら干そうかとおもう。わたしはづつける。
「宇宙の誕生っていうの観てて。あのね、宇宙ってすごくデカいの。うん、知ってるよね? もうそんなこと考えたらね、キリがないってゆうかもうノイローゼのレベルなの。なおちゃん、わかる? 宇宙だよ。人間ってね宇宙から生まれたんだって。宇宙のチリ? それにね、木星ってどでかいの。地球なんてまあボールで例えたら木星がバスケットボールで、地球がね、ゴルフボールかな。そう考えるとね、なんだか人間って本当にちっぽけだよね。ホントに。うん。だからね、こうやってねわたしね、無職でクヨクヨしてるのがバカらしくなってきてね。なんかさ、ローソンであんまん3個買ってね、あ、カフェラテと。そう、それで一気に……、」
 部屋は異様に静寂だった。保安灯の心許ないあかりだけが直人の寝顔の輪郭だけを浮かび上がらせる。わたしは一旦言葉を切り、またつづける。寝息がスースーと聞こえてくる。
「一気にね食べたんだ。けどね、吐いた。オェーって。オェーってなってそしてね、あんこが熱いでしょ? あんまんって。で、戻ってくるとき食道がね、火傷したの。ははは。笑えるでしょ。ね?」
 泣いていた。もう泣けて泣けてしかたがなかった。直人しかいなかった。わたしには友達がいない。直人しかいない。依存をしている。女なのに女が嫌いなのは母親が嫌いだからだ。いや、そんなことじゃない。宇宙が広すぎるからだ。泣けるのは。
 直人は朝、わたしを起こさずにそっと出てゆく。直人の顔が輪郭だけではなく目が慣れてきてはっきりと見える。わたしは顔を近づけて直人の唇に自分の人差し指を這わせ涙を流している。

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