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あかいろ

 19歳のとき、生理が止まった。34キロ。あきらかに変なダイエットで痩せて意図的に来なくなった。意図的ではないか。そんなこと望んではいなかったのだから。望んでいたのは、骸骨みたいになった自分の体。痩せ細った脚や腕。それと引き換えに生理が止まった。体を無茶苦茶に扱った罰を受けたのだ。
 特に太っていたわけではない。標準だった。けれど背が低いので標準の体重でもぽっちゃりに見えた。とゆうかわたしにはそう見えた。その当時一緒のヘルスにいた『みなちゃん』というこがひどく痩せており、みなちゃんを見たときわっ、かわいい。なんて華奢なの。うらやましい。そうおもった。そうおもったのだけであればよかったのにそうおもうだけでは飽き足らずとうとうみなちゃんになろうと決めてしまい、まず、食べるのをやめた。朝は食べない。昼はキャベツの千切りだけ。夜は缶ビールだけ。その生活を3ヶ月つづけた。
「あれ? あやちゃんさ、なんだか痩せたみたいだよね。食べてるの? それとも疲れてる?」
 8キロほど痩せていた。3ヶ月で8キロ。一気に痩せたという感じだった。食べることにあまり興味がなかったから食べないことにはストレスはあまり感じなかった。みなちゃんは、かわいくなったね。あやちゃん。みなに似てるね。双子みたいだねと笑いながらわたしに抱きついた。抱きついてきたみなちゃんはそれでもまだ痩せていた。なんだろう。骨と皮? そんな感じだった。みなちゃんはそのときすでに子どもがひとりいた。シングルマザーだった。けれど同い年だしで気が合いなんでもよく喋った。
 着々と痩せていきいったい終着点はどこだろうとさまよっていた。あいかわらず青虫みたいな食生活でわたしはだんだん本当に青虫のよう顔が青白くなっていた。
「やばいよ。あやちゃん……」
 ある日。みなちゃんはわたしを見てぎょっとした顔をし眉間にシワを何本も寄せた。なにがやばいんだろう。わたしはわからない。けれど体に異変を感じ始めたのは確かだった。めまい。不眠。髪の毛が抜ける。そして、生理が止まる……。体重は34キロまで落ちていた。
 それでもまだ(太っている。わたしは)そうおもっていたし、もっと痩せたいと願った。しかし、停滞期に入ったのかその生活では体重は落ちなくなった。
 どうして。わたしは悲鳴をあげた。半ば投げやりになり、メロンパンを何ヶ月かぶりに食べた。じわっと口の中に広がる甘さ。一口食べたらもうやめることが出来なくなってしまった。だから今まであった食欲のダムが一気に決壊していった。今まで我慢していた食べ物を口の中いっぱいにし胃の中に押し込んだ。胃が膨れると満足感よりも罪悪感が勝った。だから指を突っ込んで吐くことをした。
「吐いちゃえばいいよ」
 苦しいのに食べちゃうんだとみなちゃんに相談をしたら軽い口調でそういわれ、みなもさ、吐いてるしね。とことさら当たり前のようにつけ足した。なんだ。みなちゃんも吐いてたんだ。仲間がいてほっとしたと同時なんだかとてもかなしくなった。とにかく生理が来ないとまずいということで婦人科にいった。そしてお尻にホルモン注射を打たれた。今度くるときまでに3キロでもいいから体重を増やしてくださいときびしくいわれた。はい。わかりました。とわたしはこたえた。こたえたけれど守ること出来ないよと先生の背中に舌を出した。毎月毎月ホルモン注射を打って人工的に生理を起こさせた。40キロを上回ったら自然に生理が来ますよきっと。先生はいつもくどいほどわたしにいいつけた。その台詞を聞くたびに怒りがわき苛立った。過食嘔吐がさらにひどくなり体重は一向に増えることはなかった。
 お客さんに、あやちゃんさ、もっと太ったらこわいよ。鶏ガラみたいで。どのお客さんも口なみを揃えてそういわれ眉根をひそめた。
「そうですかぁ? 全然痩せてないですって」
 おいおい、こんな骸骨みたいな体でその台詞はないよねと自分で自分に突っ込みを入れた。
 けれど。けれどなぜこんなにも痩せたいのだろう。わたしはもうわからなくなってしまっていた。一緒に住んでいた男もわたしが痩せようが太ろうがまるで構わないほど無関心だった。心がもうボロボロになっていたし、それ以上に体がもうおばあさんのように潤いがなくなりしわしわになっていた。背中に飼っている蛇の刺青が、どじょうになっていた。男がそう例えた。どじょうになってるぞ。と。
 わたしは一旦ヘルスを辞めた。辞めてディズニーランドに毎日いった。年間パスを買って。体重は徐々に増えていったけれど酒の量も増えていった。まあいっか。わたしはディズニーのミッキーやミニーに救われた。
 そのときまだ自力で生理もこないのに妊娠をした。気がついたのは妊娠6ヶ月のとき。それがりゅうだった。

 昔のことだ。けれど今また、生理がこない。上がったのだろうか。妊娠ではない。体重は、40キロ以上はある。なのに、生理がこない。どっかにいってしまった。過食嘔吐はまだ根治はしていない。あれは一度なると一生治らないみたいだ。不治の病。
 情けないな。わたしは夕焼けの綺麗な空を見上げて泣く。おいおいと声をあげて泣く。いい年をした大人が。情けないなと泣き、生きている意味がわかならないと心の中で叫ぶ。
 みなちゃんに会いたいな。ふと、みなちゃんのあの痩せていた体を抱きしめたくなった。
 

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