恋する日本語 【あえか】
書庫を整理整頓していたら、ハラリと何かが本の隙間から桜の花びらのように落ちてきた。
なんだなんだとおもいつつ床に落下したそのチケットのような薄汚い紙を拾う。
「あっ、これって」
つい声が出てしまった。それと同時にそのとき行った鹿児島旅行のことが走馬灯のよう頭の中を駆け巡った。
5年前。彼と一緒に行った鹿児島旅行の航空チケットだった。それもなせかあたしのではなくて彼の名前のチケット。英語で表記されていた名前は彼に全く以って似合わないなぁとそんな風にもおもった。
あの頃はとても幸せの絶頂の真っ只中にいた。
「あやちゃん好き」
彼はくどいほどあたしの耳のそばで『好き』を繰り返し、いやあたしの方がもっと好きだし負けてないからねというくだらない惚気のような喧嘩までした。
真夏に行った鹿児島はしかしカラッとしていて嫌な暑さではなかったしいも焼酎がなにこれ地元のいも焼酎じゃない! じゃああのいも焼酎は偽物か? という疑問が飛び交うほど美味しくて明け方まで呑み歩いた。
ホテルについて部屋に入った途端あたしと彼は泥のように溶けて眠った。酒臭いままで。チエックアウトが13時だったのが幸いでその旅で初めてセックスを慌ただしくした。なんかさ、もっとこうねー。うん。酒呑みすぎたね。あたしと彼は光のさす中のセックスだったけれど恥じることはなくてただ愛おしさだけ勝っていた。
一泊二日の強行スケジュールだったけれどずっと一緒にいたから最後離れるときつい涙を流した。こらこらもう会えないわけじゃねだろぅ。と彼は困った顔をして笑った。うん。そうだけど。けれどね。彼はなに? と聞いてくれたけれど、なんでもないわ。ごめん困らせてといい「好き」と最後に締めくくった。
彼は既婚者だった。
だからもう会えない気がしたのだ。それは命中し彼はその日を境にあたしとの連絡を絶った。
チケットの文字はだいぶ薄くなっていてよく見ないと解読できない感じになっていた。あの時間はもう決して戻っては来ない。
あたしはチケットをビリッと一回だけ破りその次からはもう紙吹雪になるまで破いた。
遠くて甘い記憶の中の断片にあたしはちょっとでも残っているのかな。あの恋はなんかとても夢のように儚げで尊くてそれでいて忘れることが出来ない思い出になっている。
【あえか】 はかなげなさま
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