にんしん? 3
『修一さん』
昼間あまりにも吐き気がし不安と鬱を繰り返しているうちに涙が出てきてつい修一さんにメールをしてしまった。名前だけのメール。電話が気軽に出来ない相手。とゆうか着信拒否をされている。メールだけが唯一の連絡手段。
普通に考えて名前だけのメールだと、なに? なんだ? そうおもうのが当たり前といえばそうなのだけれど、わたしはよく名前だけのメールを送るので修一さんは、またか。くらいの気持ちだったに違いない。
すぐに返事が来るとはおもってはおらず、夜ごはんを曖昧に食べてお風呂に入ろうとしたとき、スマホが震えた。
『なんかあったのか』
修一さんからだった。そのせつな無意識に目頭が熱くなる。パンツ一丁のままお風呂場に立ち尽くす。
『うん』
それだけ打って送る。どうせ返事は来ないだろうとおもっていたらなんてことはなくすぐに返事が来ておどろく。
『まさか』
だった。まさかという坂なんてことわざがあったな。とおもいつつ
『そのまさか』
そう送ると
『妊娠か』
人参か。みたいなくらい拍子抜けの返事が来て戸惑う。
返事に戸惑っているとまたメールがきて
『明日連絡する』
何もかも承知の上での力強い返事だった。いわないつもりでいた。迷惑がかかるとおもっていたし、もうあわないと一番聞きたくないことをいわれるとおもっていた。だから『連絡する』という返事だけでもものすごく嬉しかった。そういえばあの人は根っから優し過ぎるのだあらためておもった。
バスタブにお湯をはりお湯に浸かる。もちろんお腹はペタンコだ。けれど、お腹の中に命が宿っているとおもうと変な感じがしついお腹を撫でてしまう。もうこのときから母性は芽生えているのだ。修一さんの子ども。わたしはまたお腹をさする。ゆったんだよ。ねぇ。これでよかったのかな? お風呂の中にうつるわたしの体。真っ白な足や手。血管が浮き出ていてなんだか気持ちが悪い。しばし見つめお風呂から上がる。もう寒くない。けれど今夜は気温が低いかもしれない。
春の陽気はわたしみたいに気ままだ。気ままな季節がわたしを気ままにさせたのかもしれない。冷蔵庫から三ツ矢サイダーを取り出しコップに注ぐ。最近三ツ矢サイダーばかり飲んでいる。1.5ℓで118円だった。安っ、と心の中でつぶやき、3本買った。酒はなぜか飲めなくなった。酒ばかり飲んでいたのに。これも母性の一貫なのだろうか。わからない。三ツ矢サイダーを注いだグラスが汗をかいている。わたしは汗をタオルで拭い手にもってベッドの上にそれを置く。
✴︎
『おはよう』
明くる朝、カーテンから洩れている光で目が覚め、スマホを手にし画面を見ると修一さんからメールが来ていた。メールが来た時間を見て、つい、早っと声がでる。朝の7時だった。もう4時間も前。わたしが朝弱いと知ってはいるからまあ起きたら返事が来るだろうと打ったのだろう。
『おはよ。いま起きた』
本当にいま起きた分だった。そのまま打つ。メガネを掛けて階段を降りる。お腹が空いていた。今日は吐き気よりも空腹の方が勝っていた。
トースターに食パンを2枚入れる。じーっと音がし、こんがり娘になるのを待つ。その間にカフェラテのコーヒー薄めのものを入れる。なんとなくコーヒーが苦手になった。かといって牛乳だけでは飲めない。コーヒーもまたブラックでは飲めないし、牛乳も匂いがだめ。混ざっていわゆる『コーヒー牛乳』ならいい。なんじゃそれ? 以前修一さんにそういわれ笑われたことをおもいだす。
『10時半にミニストップでどう?』
こんがり娘に焼けたトーストをかじっていると返事が来る。
『うん。了解です』
わたしは手についたパン屑をスエットのズボンで拭いメールの返事を返す。
待ち合わせするのもしかして最後かもな。と考えながら待ち合わせ場所に向かう。徒歩8分のミニストップ。修一さんはすでにいてサングラスを掛けてスマホをじっと見ている。
「おはよー」
とっても爽やかに声を出しながら挨拶をする。真っ昼間にこんな目立つ場所で待ち合わせ。修一さんはもう危機感などがない。
「あ、おはよ」
わたしの顔もみずに同じ挨拶を交わす。
車に乗り込んだのはいいけれど、話題は決まっているのにあえて修一さんは他のことを話し始めた。
「さっき、請け負っている会社に行ってきた。で、そのあとサーフィン。てゆうかまだ寒いな。海」
「あー、だからあんなに早くメールしてきたんだね」
車がスーッと動き出す。どこにいくのだろう。話しをするだけじゃないのだろうか。
「まあ……、な。それもあるけど……」
ここで一旦言葉を切り、わたしに一瞥をくれる。
けど? わたしはその先を促すよう顔を合わせる。
「眠れなかった。一睡もしてない……」
「え?」
わたしは驚いてしまう。
「こともない。か。嘘」
「あはは。なにそれ」
笑いたくないけれど笑った。まあ笑っておけ。そんな感じ。修一さんは、けど、と真顔になり、話をしだした。
「デリケートな話しだし、俺が悪いってわかってるんだよ。あ、変な意味じゃなくてお金は心配ないから」
はっきりといわない、いや真っ直ぐにいえない修一さんがかわいそうになる。わたしは急に泣き出す。顔を手のひらで覆い隠す。
「う、産みたい。本当は。産みたい」
日曜日の昼間は車が多い。渋滞の中、助手席で顔を覆い隠し嗚咽を漏らしているのは多分わたしだけだとおもう。
「それは無理だよ……」
いかにも泣きそうな声が耳の中に届いてくる。ごめん、それはダメだよ。何回かそれらの単語を繰り返し、その度にわたしは泣くしかなく途方に暮れ出した修一さんはいつも行くホテルの暖簾をくぐっている。
部屋に入ってしまうと車の中で流した涙など嘘だったかのように普通に会話し出す。
「奥さんは? 今日」
「え? なんか山岳部に入ったみたい」
「は?」わたしはびっくりする。山岳部?
「いやいや、会社の人と登山。なんか山登りに目覚めたみたいで。あとゴルフと。日曜なんてうちにいないよ」
へー。そうなんだ。特に関心などはない。
「登山なんていい趣味じゃない?」
「あ? はぁ。なにを目指しているんのか……」
奥さんの話題になるとあからさまに眉間に皺が寄る。あまり話したくないのだ。奥さんには2度わたしとの関係がバレている。
「もし、もしね、今度またわたしとあってるなんてこと奥さんにバレたらどうなるかな」
語尾あがりになり、質問形態になる。
「まず殺される」
即答だった。
「誰が?」
「俺」
「いや、わたしでしょ? 普通」
そんなことを笑いながらいい合うけれどそんなことは決して笑えないことだ。
「こんなにもね、好き。ごめんなさい」
「ばか」
わたしと修一さんは夕方までホテルの中にいて時間と体と声が絡みつく中、抱き合いお互いを確かめた。
「俺、ほんとーうに、懲りないやつだな」
行為が終わり中で出したあと、万引きをした小学生の男の子のような口ぶりで息を切らしながらそういいはなった。なにも、いえなかった。抱き合うだけしか出来ないふたり。なにもない先もないふたり。わたしは決める。
もう修一さんにはあわないでおこうと。
「腹へったな。朝からなにも食ってないよ」
どこか食べに行くといいかけてその言葉を飲み込む。
「なんか食いに行く?」
うん! とうなずきそうになるも、やめる。
「あ、行かないよ。うちで食べないと。奥さん帰ってくるでしょ? 山岳部から」「あ〜、山岳部から」
「そう、山岳部から」
山岳部が気に入ったのか何度も山岳部を連呼しわたしと修一さんはケラケラと笑い合った。もうこんなに笑うことはないかもしれないと感じながら。その横顔を見つめ泣きそうになりながら、笑った。とゆうか笑うしかなかった。ばかみたいに笑った。
続く
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