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牛力こぶ

 またか。とついつぶやく。
 おもては梅雨も相まってこれでもかというほどあるいはまじでこれって洗車じゃね? くらいの勢いで雨がシャワーのように降っている。それでも匂ってくる焼肉の香しい匂いに顔をしかめる。
 車を車庫に入れ傘もささないで玄関まで走る。走るといっても30メートルもあるわけじゃないしあっても30歩というところだ。けれどさすがに洗車でもできそうなほど降っている鬼のような雨はあたしの全てを濡らした。冷房の車内にいたせいでおもてに出た瞬間メガネがラーメンも食べていないのに曇り心もとない足取りであったので余計に濡れた。あそこも濡れていた。なぜそこがというのはもうそうゆうことがしたくてしたくて死にそうなほどだったからだ。けれどまたかとつぶやいた理由はやはり男はホッとプレートで焼肉を焼いていた。無論酒もいつも以上に進んでいる。
「おう」
 雨ひどいけれど大丈夫だったと聞かれてまあなんとかねと雑に返事を返す。
「めっちゃ濡れてんじゃん。シャワーしてこいよ。あとさ、今日焼肉だよ」
 見ればわかるじゃんか。だしさ、思いっきりおもてから焼肉臭がするんだけれどね。そう思いつつもびちゃびちゃになった衣服のまま脱衣所で脱いで洗濯機に入れる。男の靴下と作業着も脱いであり雨に濡れた痕跡があって今さっき帰ってきた分かなとぼんやりと湿った作業着をみて考える。
 最近あたしの方が帰宅が遅い。以前は男の方が残業で遅くなって待っている方だった。それが今や逆であたしの方が遅く帰宅をする。お互い会社まで車で30分くらいだけれど2人とも違う地区に通っている。
 男と暮らし始めてこの8月で5年目になる。
 幸いにも喧嘩もなければイラつくこともなくあまり話すこともなければすっぴんでも恥ずかしくもなく逆にお化粧をした時の顔を見られる方のが恥ずかしいしなんやかんやでまあようするにもうなにもないのだ。
 財布から金を盗んでも全く気がつかないしあたし妊娠したのなんて冗談でいっても、へえという薄いリアクションであたしをおそろしく笑わせてくれる。同い年なので友だち? 兄弟? 同盟隊? そのような括りになっていてもう今さら愛だの恋だのクソだのなんていう甘い単語などはすっかりとなくなっている。
 けれど。けれどもあたしはまだ男を求める。男の大きな手で触れられたいし抱きしめて欲しい。抱きしめてくれる回数が顕著に少なくなってきた今だからたまに抱きしめれるときゅんとしてしまう。出会った頃のような淡い感覚ではなくなんというかそこにおさまってしまいもうこのまま溶けてしまいたいし男の体なのかあたしの体なのかの境界線が曖昧になって溶けてなくなってもいいとさえ思う。
「今日も早かったの?」
 シャワーをしシャンプーまでし終えてまだ完全に乾いてない髪の毛のまま椅子に座る。男はうん。早かった。いつもどおり。と応えてから、ホルモン焼いといたと続ける。皿にはてんこ盛りになったホルモンが湯気を立てておいてある。
「サトウのごはんチンしていい?」
「あ、うん。俺の分もして。2個」
 はいはい、とうなずき立ち上がってレンジにサトウのご飯を入れる。3個。
 だいたい炊飯器でご飯を炊けばいい話だけれど今まで何度か試みたけれど結局食べない日があったりご飯をダメにすることが多くなってやめた。サトウのご飯はそれなりに美味しいし焼肉にはご飯は必須だ。
「あ、そうそう」
 ご飯を口の中に入れようとしたとき男が声をかける。なに? そんな顔をして顔を上げる。
「今日さ、なんとスピード違反で捕まったし」
「ええ!」
 さすがにおどろき箸を止める。
「どこで? 何キロで? 点数は?」
 食い入るような矢継ぎ早の質問ぜめに男は丁寧に酩酊でもきちんとこたえる。
「高速の覆面でさ。なんか他の車がなんとなくゆっくり走ってんなぁとは思ったけれどなにせ焦っていて、あ、早く会社に帰らないといけなかったのもあるし。それでさ、18キロオーバーで罰金12,000円の点数は1点。以上」
 以上って、といいあたしはクスクスと笑う。
「へえ。高速でもさ、スピード違反ってあるんだね。知らんかったよ」
「こらこら。あるよ。もう一回教習所に行った方がいいかもね」
 だねー、と同意をしつつまたクスクスと笑う。
「まあ罰金でさ、今日の日当がパアだ」
「パア?」
 そう、パア。あたしはもうこれ以上にないほどおもしろくてお腹を抱え笑う。そんなにおもしろいかななんて顔をしつつも男もまた笑っている。まあ笑うのは不謹慎だけれど。
「いくら出張でもさ罰金は会社では出してはくれないし点数だって返してはくれないからね」
「そうね」
 自己責任とはこうゆうことなのだ。会社は社会的ルールに対しては決して守ってはくれない。いくらそれが会社の車でスピードの出る高級車レクサスだとしても。だ。
 なぜに会社の社用車がレクサスなのかというまか不思議な質問のこたえは「まあ金があり」だそうで「社長が見えっぱり」で「トヨタ関係だから」というありていいな意見だった。

 力こぶってなんだこれは? あらかたホルモンを食べ尽くしたあと新しい肉のパックを手にとって男がぎょっとした声を出す。
「適当に選んできたんだけれどさ、タンかと思って買ったらなんと『力こぶ』だって」はははと男はなんの脈絡もなく笑う。
「どこの部位かな」
「まあ力こぶっていうくらいだし腕じゃね? それも前の」
 うーんと眉間にしわを寄せスマホを手に取りググる。あたしが。
「あ、そうだったよ。腕で前の方だった」
「へえ。なんか強くなれそうな部位だね」
 力こぶは赤身だけれどなんとなく脂も乗っているし柔らかくタレよりも塩コショウの方が肉の旨みを引き出していた。数枚しかない希少部位はあたしと男の胃袋に瞬殺でおさまる。
「980円があっというまにお腹の中に入ったね」
 うんとうなずく男はもう舟を漕いでいた。980円ってさ、なんで値段を見ないで肉を買ってくるかなというお小言はいわない。だってあたしたちはお互いいくら稼いでいるのか知らないのだ。無ければ買う。腹が減れば買う。食べる? 食べない? そう聞きあってそれでいい。いちいち食事を作って待っているのはお互いにどうも性に合わない。なにせあたしと男もそうだけれど人間はだって自由なのだ。規則しばられ拘束されて生きているかもしれない。けれどそれは当たり前なことであってその他は自由なのだ。だから実際どこにでも行けるし裸で抱き合うことだってできる。
「起きて」
 舟を漕いでいる男を船から引きずり下ろす。お、うん、眠たい。男はあたしの胸に顔を埋めタンクトップから見えるおっぱいを見て、あ、桃がぁと叫んでいる。桃じゃねーし。あたしはけれど男の脂ぎった髪の毛を撫ぜる。シャンプーしてーなと思いながら。
 煙がもんもんの部屋の中あたしの下半身も悶々としていてけれど男はまるでやくに立たず寝かせたらオナニーでもしようと焦げ付いたホットプレートをみつめながらオナニーのおかずを頭の中のエッチなハードディスクからなんとなく検索をし始めた。

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