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11月30日

「あ、おそい……」
 彼はまだ起きていてというか今まさに寝起き状態でなぜだかインスタントカレーを食べていた。
「うん。おそくなったよ」
 インスタントカレーのインスタントカレー独特の匂いが鼻梁をくすぐる。こんな時間にカレーぇ? わたしは語尾を斜め45度くらいに上げクスクスと笑いながら問いかける。
 うん。腹減ってさぁ。彼もまた同じように笑いついでみたいに、食べる? と聞いてくる。食べないよ。あたしは首を横にふる。時間は深夜0時を少し過ぎたところだった。
 何時にいってもなんでおそくなったのとかどうしてなのかとか絶対に聞かないしそれはまるで取るに足りないことのようになっている。
『今ね他の男に抱かれてきたんだよ』
 そういえば彼はどんなふうになるだろう。とりみだすのだろうか。それともへえーそうなんだで終わるのだろうか。まるで検討がつかない。つかないほどに彼は空気的な存在になってしまっている。他の男と寝てからきたのは本当のことだ。わたしは求められたら応じることにしている。だから彼に対して決して後ろめたいなんて微塵にもおもわない。彼ははたしてわたしをわたしの体を心を抱こうとはしないのだから。
 シャワーをしてきていたので睡眠薬を飲んでパジャマがわりにしているTシャツに着替えて布団に入る。かちゃかちゃとスプーンが食器にあたる音がする。ウィーンと暖房の音が唸る。テレビは身勝手についていてけれど彼はテレビなど見ていないことは知っている。どうして男って生き物はやたらとテレビをつけたがるのだろう。先刻まであっていた男もそうだった。やるだけの男。お金をくれるだけの男。大嫌いな男。シャワーを浴びれば全てがリセットされる。されないけれどされることにしている。水に流す。この単語はわたしのためにあるのではないだろうかと今まさにおもう。
 カレーを食べ終えた彼は洗面台に行きコンタクトを外し歯を磨きテレビと電気を消してわたしの隣に滑り込む。歯磨き粉の匂いがする。常夜灯の中
「明日、ってゆうかもう今日か。ゴルフだから」
 ポツンと声がし背中を向けていたけれど彼の方に向き直る。対面する形になり、彼の胸の中に顔を埋め、顎を引く。知ってた。といいそえて。何時起きなの? と聞くと、5時半と返ってきてもう寝よ早いねぇといい笑う。彼の中からまだカレーの匂いが立ちこめている。インドにいる夢でも見そうだなぁと考えていると彼がわたしの体をぎゅっと抱き寄せ、おやすみとつぶやきわたしもおやすみといいかえして静寂な闇の中、暖房がまたウィーンと唸りその音が記憶の中の最後に聞いた音だった。
 起きたらもう彼の姿がなく時計をみたらお昼を過ぎていた。いつ出て行ったのかいつもわからない。以前はわかってじゃあね、行ってらっしゃいーと手をふり送り出していたにも関わらず今はもうそんなことはない。彼のいない午後。わたしは顔を洗いメガネをかけてから着替えて喫茶店に行きカフェラテとタマゴサンドを注文しいまいち曖昧な時間に遅い朝食を食べた。
 誰とも関わりたくない。彼がいればいい。これは依存なのだろうか。彼なしではもう生きていけないのでは。たまに彼が死んでしまうことを想像してみる。怖くて身が竦んでしまい結局わたしも死を追いかける結末で終わる。やっぱり依存。そうおもう。好きとか愛してるとかそうゆうものではなくて違うくてきっとただの依存なのだ。
「どうだったの? 今日は」
 喫茶店からうちに戻ると彼はもう帰宅していて缶ビールを飲んでいた。どうって、と笑うと、ダメだねぇと続けた。
「いつもそういうじゃん」
「うん。飲みすぎだね。きっと」
 飲み過ぎた割にはまた酒を飲んでいる。彼はアルコール依存だ。自覚はしているけれどやめれない。らしい。依存は怖い。それはわたしも同じだ。
「今日は兄弟は来た?」
 ゴルフ仲間の中に親子で来る人がいてお父さんと息子二人。兄と弟。
「来た。リョウくんがぶっちぎりで良かった。父が一番ダメ」
 ビールを飲みながらいっそたのしそうに話す彼はとても疲れてみえた。
「若いからね。まだ23歳だしね。リョウくんは」
「そっか」
 もう話すことがなくなり無言がややあったあと彼が横になり寝息を立て始めた。わたしも一緒に横になる。彼の体からおもての匂いがした。外気の匂い。
 体に巻きつく。彼の体温を感じわたしは素晴らしい気持ちに苛まれるも、あ、そういえばと急に思い出し、洗濯機を回して出かけたから洗濯物を干さないとと急いで洗面所に行き洗濯機を開けた。柔軟剤のいい匂いがして絡まった洗濯物の中に手を突っ込んで取り出す。タオルや下着。靴下にワイシャツ。彼とわたしだけの洗濯物だけが絡み合い交わっているようでなぜだか笑いがこみ上げてきた。
 彼の寝息が遠くの方からひっそりと聞こえ余計に笑えてきてけれど悲しくてどうしょうもなくて洗濯物を置きその両手で顔を覆い声を押し殺してひっそりと泣いた。

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