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シャセイしない男

 同じ派遣会社の男だった。配属された工場の製造ラインまで一緒で、そこの工場長が嫌なやつで嫌なやつだったお陰でその男と工場長の悪口をいう中で仲良くなっていき、気の利いた言葉などはまるでなくいつの間にかセックスをする間柄になっていて挙句あたしはその男のアパートに転がっていたしもっといえば、すっかり男のことをいや正確にいうと男とのセックスが好きになっていた。特に顔も性格も普通よりもやや下の方で決して好きになんてならないタイプだった。それなのにあそこの大きさがあたし好みだったのが致命傷だった。
「あや大好き」
 なんども囁き何度でも挿入をして来て、あたしがイクまでずっと腰を降ってくれる。も、もう、イッタよ、だから、イって。といえば、いいよ。俺は。あやが何度でもイケるように射精はしなくても。と余裕の笑顔でこたえる。けどねぇ、こちら的には男性がイってなんぼみたいなところがある。だから男がイクところを見てみたくがんばったけれど射精はとうとうしなかった。

「あのさ、あんたの彼氏って射精するよねぇ?」
 女友達のマキに唐突に聞いてみると
「は?」あきらかになにいってんのこの女は。そんな顔をされ、はぁ? と今度は非難の声を滲ませて、あたりまえじゃんよ、とあたりまえな口調でいいきられる。
「シャセイってあの射精でしょ?」
 他に射精というものがあるのだろうか。校内写生大会で銀賞を取ったことがあるなぁと思い出し不意に笑いがこみ上げて来てあははと笑う。
「そう、あの射精。ピューって飛んでおたまじゃくしみたいなやつ」
 おたまじゃくしって、ウケるぅーとマキもそう繰り返してははと笑う。
「あんたさ、たまにおもしろいこというね。あやさ、恋愛してないでしょ? 今? なんかカサカサだもん。顔が」
「えーー! てゆうか、あたしアトピーじゃねーかい」
 そっか、あはは、マキはもうどうでもいいじゃねーそのことはという感じで話題を切り替える。
「実はさ、」
 マキの「実はさ、」のあとの話は適当に聞き適当に合間合間に相槌を打っていた。へー。そっか。そうなんだ。てゆうかさ、それ不倫じゃん。やめなよ。とかなんとかいいながら目の前にある冷めたコーヒーに手を伸ばしたり、尻に食い込んだパンツを直したりした。
「あたしが昔付き合っていた男の中にそういえばいたわ。射精障害の男が」
「え?」
 もう帰りたいなぁ、眠いしなぁと考えていたときに起こった目が一気に覚めるような話題になっていた。
「で?」
 あたしはさらに詰め寄る。
「以上」
 マキはもうそんな昔話なんて忘れたわと雑に流しじゃーねと伝票を置いて去っていった。おい! 割り勘っていったじゃねーかよ。
 彼氏と待ち合わせをしているらしかった。
 へえ。マキが帰ってしまった喫茶店から街の様子がよく見える。駅前にあるから余計に人がたくさんあふれている。猫もいてぎょっとなる。こんなにたくさんいる男の中で射精しない男はいるのだろうかと気になって仕方ない。個性ではなく病気? なぜ? あたしはテーブルに突っ伏しながらしばらくの間、流しそうめんのような人の流れを目で追っていた。
 
「もっとして」
 男は今夜もあたしを抱いた。毎日抱く。飽きないな。あやは。いい。すっごく。いい。
 もしかしてジムに行くのがもったいないからあたしで腰のいや全身運動をしているのかなんてぼんやりとした頭で考える。
 それでも体を突き抜ける男の杭はあたしの理性を崩壊し生きている肥やしを増やしてくれ女性ホルモンを増やしてくれていた。

「実家に帰ることになったんだ」
 半年くらい経ったある日真面目くさった顔をして男が話し出した。
「そう。実家ってどこ?」
 まあそんなに遠くないと高を括っていた。
「北海道」
 えっ? 
 にわかに声が出ない。えっ? は顔で示した。
「ここ九州じゃん」
「そだね」
 そだねって、おいおい。あたしは笑うに笑えずにだから泣いた。
「遠距離恋愛ってさ続かないんだよ。知ってる?」
「そだね。けれど、ごめん。あや。実はさ、」

 おおう。ああそうだったのか。納得だ。てゆうかあたしはずっと騙されていたのか。憤怒よりも諦観。今やっと腑に落ちた気がした。

「実は嫁さん一人と子どもが一人いるんだ」
「射精しなかったのはそうゆうことなの?」
 男は首を横に振り、いいや違うよと目を伏せる。
「なんで」
「わからないんだよね。それが」
 おもては別れ話などは全く似合わない上天気だった。青すぎる空が嫌味にさえ見える。
「子どもさんがいるんなら射精するんだ。本当は」
 男はまだ黙っている。男に杭を打ってもらいたかった。
「して」
 青い空の下またあたしは飽きずに組み敷かれている。とんでもない声をあげ好き好きと叫びもうその棹だけあたしに頂戴よ、なんていいながらけれど男はやっぱり射精はしないであたしで運動をしている。必死に。腰を動かして。ときにはバックの体勢で。ハッと顔を上げるとアパートの外に小学生の女の子が2人ぼーっとつ立っていてどうしていいかわからなくなり、さらに声をあげて雌犬のように吠えた。

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