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HE染色で見えるもの

病理検査では顕微鏡を使って、病気になった動物の患部や亡くなった動物の臓器の異常を観察して、病気の診断をしています。

個々の細胞や、たくさんの細胞たちが集まってつくる組織構築は、そのままでは色がついていなくて顕微鏡をのぞいても詳しい構造は見えません。

顕微鏡で観察するためには無色の世界に色をつける必要があり、そのための工程を染色といいます。

病理診断の基本はヘマトキシリン・エオジン染色という染色。ヘマトキシリンとエオジンという2種類の染色液を用いる二重染色で、それぞれの頭文字をとってHE染色と言っています。

細胞の中には核と細胞質があって、細胞外には細胞が作りだしたコラーゲンをはじめとする細胞外基質という、細胞と細胞の間を埋める物質があります。

ヘマトキシリンは核やリボソームを青藍色(紫がかった濃い青色)に、軟骨やカルシウムを青色や紫色に染め、細胞質や赤血球、膠原線維(コラーゲン)などはエオジンによって赤からピンク色に染まります。

HE染色は2種類の染色液を使っていますが、顕微鏡で見ているのは単純な2色の世界ではありません。紫や赤にも様々な染まり具合があって、獣医病理医は紫と赤の微妙な色調の変化やコントラストの強弱を観察して、細胞や組織の異常を捉えて病理診断をしています。

細胞質は、HE染色でエオジンに染まってピンク色に見えます。ピンク色といっても、細胞質の中にはミトコンドリアや小胞体、ゴルジ体といった種々のオルガネラが存在しているので、均質なピンク色に染まることはありません。

細胞の状態を反映してかなり色ムラが観察されるのです。何かの原因で細胞内にタンパク質を豊富に含む血漿成分が入ってきたら、本来の細胞質の色とは違ったピンク色の物質が確認できます。水分や脂肪が細胞内に入ってきたら、細胞は膨らんで細胞質は白く抜けて見えます。

また、細胞外へ分泌されるタンパク質を修飾するゴルジ体は、HE染色では色がやや抜けて見えます。インターロイキンや免疫グロブリンを合成して活発に分泌しているリンパ球や形質細胞には発達したゴルジ体があるために、核のそばに色が抜けた部位が容易に確認でき、これをゴルジ野と呼んでいます。

代謝が活発な細胞はたくさんのエネルギーが必要なため、細胞質にはエネルギー産生の場となるミトコンドリアが豊富に存在します。ミトコンドリアの多さを反映して、細胞質は赤色が強調されます。ミトコンドリアが顆粒状に見られることもあります。反対にあまりエネルギーを必要としない細胞は、ミトコンドリアが少ないから細胞質の色が淡くなります。

タンパク質をいっぱい合成して分泌している細胞、例えば消化酵素を作っている膵臓の腺房細胞には、酵素の元になる顆粒がたくさん詰まっています。そのため、細胞質にエオジンに強く染色される赤い粒々が見られます。

細胞質の中は均一ではないので、ピンクの色鉛筆で塗りつぶしたような均質な色をしているわけではないのです。ところが、何かの原因で細胞が生きられなくなると、細胞質のタンパク質が変性して、細胞全体が一様に濃い赤色となります。

次はヘマトキシリンの色をみていきましょう。

ヘマトキシリンで染色される代表的な成分は核です。エオジンが細胞質を均質なピンク色に染めないのと同様に、ヘマトキシリンも核を色鉛筆で塗りつぶしたような均質な青紫色に染めることはありません。

核は核膜で包まれ、核の中にはDNAとタンパク質からなるクロマチンと、リボソームの組み立てなどに関わる核小体が存在します。クロマチンにはさらに、凝縮して濃く染まるヘテロクロマチンと、弛緩して淡く染まるユークロマチンがあります。

これら核膜、ヘテロクロマチン、ユークロマチン、核小体は細胞の種類や細胞の状態によって見え方が異なるため、場合によっては核膜が強調されたり、クロマチンが顆粒状や網状など様々な模様として観察され、核小体も色々な大きさや数として見ることができます。

細胞質はどうでしょうか。
活発に増殖している細胞では、タンパク質の合成が盛んになります。それに伴いタンパク質合成の場であるリボソームが多くなることから、本来ピンク色の細胞質はヘマトキシリンの色も入ってやや紫色になります。その他、免疫グロブリンをたくさん作っている形質細胞や、骨の元になる物質を旺盛に作る骨芽細胞の細胞質も、ヘマトキシリンの色が入って少し紫色っぽくなります。また形質細胞は、免疫グロブリンが細胞外に分泌されずに細胞内に蓄積した場合には、赤い粒々として観察されることもあります。

消化酵素を合成して盛んに分泌している膵臓の腺房細胞は、タンパク質合成が活発なためにリボソーム
が多く、紫色っぽく染まってきます。エオジンのところで説明したように腺房細胞は、消化酵素のもとになる赤い顆粒もたくさん詰まっています。

腺房細胞をよく観察すると、細胞の中で赤い顆粒は消化酵素が細胞外に分泌される側にたくさん片寄っていて、リボソームが豊富な紫色に染まる領域は、その周りから核を挟んで反対側に存在します。このように細胞の機能を考えると、細胞がどのように染色されて見えるべきなのかということが理解できます。

正常に働かなくなった細胞は、本来もっている形を変化させるとともに、もともとあるべき色が失われたり、過剰に強調されたりします。獣医病理医は細胞の形や構築のみならず、色調の変化も捉えて病気の診断をしています。

病理診断でなくてはならない、最も基本的な染色であるHE染色は、実は100年以上の歴史があります。遺伝子やタンパク質レベルで様々な生命現象や病気が明らかにされている現代でも、色や形の変化、そして全体をみるということは忘れずに、HE染色でできるだけ多くの情報を読み取る努力を続けていきたいです。

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