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【読書】なぜあなたは自分の「偏見」に気づけないのか

バイアスは私たちのあらゆる思考の中に無意識で存在し、日常の行動に影響を与えているという話。

政治、宗教、ジェンダーなどの社会問題にも密接に関わってきて、こうした差別をなくすためには「差別を無くしていこう!」と訴えるだけでなく、無意識の中に偏見が存在していることを認識することが必要。

たとえば、アメリカでは白人よりも黒人が職務質問される率が高かったり、採用面でも差別があったりする。
NBAの試合では、黒人選手がファウルをとられる傾向にあったり、例をあげれば枚挙にいとまがない。
最近の例で言えば、黒人が白人警察官に理不尽に射殺された事件が記憶に新しい。


長い歴史の中での偏見は、簡単には変えられない。
ひとりひとりのバイアスを無くしていくことは、数百年単位で徐々に変わっていくしかないかな、と思う。

自分たち現役世代が少しでも偏見や差別意識を無くし、子供や孫に偏った見方を伝えないこと。
それが未来の差別解消に少しずつつながっていく。


ただし、バイアスが必要な場面もある。
というより、バイアスがなければ私たちは何一つ日常の判断ができないことも事実。

たとえば、食べ物を目の前にしたとき私たちは「これは食べられるものだ」というバイアスのもとに食事をする。

そのバイアスが無ければ、匂いを嗅いだり、舐めてみたり、形がどうなっているかなど入念に調べた上で食べていいかどうかの判断をしなければならない。

道を歩いていてナイフを持って走ってきた人を見たときに、これは危ない人だというバイアスのもとに危険を察知する。
こうした生きていくために必要なバイアスもある。


バイアスが必要な場面とバイアスを排除すべき場面がある。

その区別をできるためには、普段から自分のバイアスについて意識してみることが必要。
つまりは自分を客観的にみるという「メタ認知」です。

自分を客観視して、「今、バイアスがあったな」という気づきを多くすること。

こうした経験を多くして、無意識のバイアスというのをいかに意識下に健在化させるかが正しく物事を判断することにつながる。


自分はいかに日常や仕事の判断におけるバイアスを減らしていけるかという観点で読んでました。

普段から自分の行動にバイアスがかかってることを意識し、テレビのニュースにしてもバイアスがかかった報道になってないだろうか、という視点で見てみようと思います。

何事も思い込みを排除して物事をあるがままに客観的にみるという意識でこれからしばらく生活していきたいと思います。


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