キルアは内視鏡検査ができない

内視鏡検査を受けに来ているのに、

下剤をわざとらしく美味しそうに飲みながら

「訓練してるから毒じゃ死なない」とか

ドヤ顔で言っているキルアがさっき

浣腸のために別室に連れていかれていた。

今日私は内視鏡検査に来ています。


前回書いたとおり、

私は潰瘍性大腸炎患者(寛解中)である。

大腸の患部の様子を確認するため、

毎年の定期検診として大腸内視鏡検査を

受けることになっている。

最近は調子が良いし、気持ちには余裕がある。

何しろ18歳から15回も検査受けてるから。

まぁ検査のベテランってわけだよ。

わからないことは何でも教えてあげるよ。

(いばれることじゃねーよな) (確かに)

(大腸潰しのトンパ?)


内視鏡検査は、大腸の様子をカメラで物理的に

見ていく検査だ。

場合によっては腸壁の一部を採取し、

組織の検査を行うこともある。

胃カメラのように鼻や口ではなく、

直腸からカメラを入れて検査を行う。

検査前日、場合によっては前々日からは

消化に良いものを食べる必要がある。

消化に良いものと言うと、うどんやおじやを

想像する諸君が多いことかと思うが、

胃腸に負担が少ない食事は低脂肪・非刺激物で、

なかやまきんに君が食べることを

許可しているようなものは食べても構わない。

但し、腸に残りやすい繊維物は控える必要がある。

そもそも潰瘍性大腸炎患者にとっては

「食物繊維たっぷり」は殺し文句だ。

前にも言った気がするが、

身体に良い悪いなんてものは人それぞれ違うため、

さも健康に良いような耳触りの良い広告や

メディアの情報ではなく、主治医の言うことを

真面目に聞く必要がある。

トレーニーさながらの食事を済ませ、

夕食後に目薬みたいな容器に入った下剤を

一本飲んだら前日準備は完了だ。


検査当日、同じく検査を受ける者たちが

10人程度集められている。

各人の目の前にはビニールの容器に入った

2Lの液体が置かれている。これが本命の下剤だ。

粉のポカリとポッカレモンとをそれぞれ一杯ずつ

無炭酸のトニックウォーターに入れ、

それを更に水で割ったような味。

要は全然美味しくない。

下剤を計量カップに注ぎつつ、

手をつけないでいると、

看護師の部屋から突如ビートたけしが現れて、

我々に対して検査の説明を始めた。

「今日は皆さんに、ちょっとこの下剤を

1L以上飲んでもらいます」

そこで患者の一人が叫ぶ。

「こんな美味しくないもの1Lも飲めるかよ!!」

激昂する患者を見据えつつ眉ひとつ動かさない

ビートたけしは、懐から筒状ものを取り出すと

躊躇うことなく叫んだ患者の眉間を目掛けて

その引き金を引き、何かを発射した。

一気に部屋が静かになり、

皆が恐る恐る撃たれた患者の顔面を見ると、

表情が判別できないほどパイまみれになっていた。

良かった、世界まる見えの方のたけしだった。


この下剤は大腸を洗浄するもので、

身体に吸収されず、腸管の残渣を巻き込んで

そのまま排出される。

脱水を防ぐため、普通の水を交互に飲みながら、

便が透明になるまで最大2L下剤を飲み続ける。

便が透明になるというのは、

つまりこの下剤がそのまま出てくるくらい

腸が空っぽになっているということだ。

この状態の時に誰に話しかけられたら

「だいちょうのなかはからっぽ!」

と返したいと3年前くらいから考えているが

未だに実現していない。

胃腸が空っぽの状態など日常生活では

ありえないため、なかなか爽快である。

私は「お腹が空いた」の次のステージを

知っているのだ。私が真の空腹者である。


真の空腹者になったらいよいよ検査である。

尻の部分に切れ込みが入っている

防御力マイナスの検査着ズボンを履き、

ストレッチャーに乗り込み、点滴のルートをとる。

鎮静剤と痛み止めを入れるための点滴だ。

今は大学病院で検査をしているのだが、

入院をする前に街の診療所で内視鏡をした時は

何と麻酔無しで検査を行った。非常に辛かった。

変な話だが、何というか、出ている感覚なのに

入ってきているというか、気持ち悪いし

死ぬほど痛いし、真の空腹者だしで、

終わったら本当にげっそりしていた。

こんなもん麻酔無しでやるもんじゃない。

麻酔は是非たくさん使って欲しい。

検査で使われる鎮静剤は、

身体の緊張をほぐすだけでなく、

患者を半分眠ったような状態にさせる。

自白剤としても使われるらしく、

検査中は朦朧とした意識でうわ言のように

「私の大腸、綺麗ですか?」とか聞いてしまう。

新手の妖怪を産む薬である。

検査を10回以上経験していると、

この鎮静剤をも楽しめるようになる。

点滴から鎮静剤を入れる段になると

ストレッチャーに書いてある

「ここに手を置かない」のような注意書きの

文字をじっと見つめる。

鎮静剤が入ると、喉に妙な清涼感があった後、

徐々に視界がぼやけて注意書きの文字に

焦点が合わなくなってくる。

これが何とも楽しいのである。

検査が終わると、鎮静剤が抜けるまで

1時間ほど休憩する。

大体みんな気持ちよく寝るのだが、

私は敢えて即座に覚醒に持っていく遊びをする。

急に起き上がってみたり目に力を入れてみたり。

もう大丈夫です感をアピールして

早く帰ろうとするのである。これも楽しい。

まぁ自覚してはいるが、限界の楽しみ方である。

絶対に推奨されないため注意されたい。


8週に一度の問診と点滴も、

年に一度のこの内視鏡検査ももう日常になった。

この下剤も最早不味いとすら感じない。

不健康に慣れることは良いことではないが、

身体の状態を正確に知るためには

いかに医師・看護師の負担にならず

模範的な患者になれるかにかかっている。

通院や検査を蔑ろにせず、

信頼できると思った病院の言うことを

大人しく聞くことが自らの健康に資する行為だ。

今日も正しく下剤を飲み終えた。

あとは着替えて検査を受けるだけだ。

今日も鎮静剤が楽しみである。


浣腸が終わったらしく、先に検査室に入った

キルアの声が待合まで聞こえてくる。




「イルミの野郎、こんなもん仕込んでやがった。




俺の大腸の中にさ」














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