25、サクリファイス(犠牲)
「ルカ! 一体、どうして……」
ルカは地上から数十センチの高さに浮いてゆらゆらと揺れている。
「何これ? 身体が浮いている……」
路面を見下ろしながらルカが呟いた。
するとルカの身体が上昇し始めた。
ルカは地上から五メートル程の高さまで上昇すると静止した。
「何が……私に何が」
ルカは自分の身体を抱きしめながら辺りをきょろきょろと見回している。
ルカの身に一体、何が起こったのだろうか?
思いの通じ合った私とルカ――いや、シンとルカの間を引き裂く様に、ルカが空中に浮かび上がっていった。
「シン君、私は――」
その時、黒い空間の中央が赤く瞬いた。
するとルカの体がガクンと揺れ、背中側から黒い空間に向かって進み始めた。
「ルカ!」
ルカはゆっくりと後方に引っ張られていく。
私はルカの動きに合わせて走った。
……まさか、あの黒い空間はルカの事を吸いこもうとしているのだろうか!
ルカは後ろを振り返って黒い空間を見た。
ルカは近づいてくる黒い空間をじっと見つめている。
「ルカ、こっちに戻って来い!」
ルカは私の声が聞こえないのか微動だにしない。
「ルカ!」
私はルカに向かって、もう一度叫んだ。
ルカは私を見下ろすと、二コリと微笑んだ。
「シン君、ありがとう」
「――え?」
私は思わず聞き返した。
「これで良かったのよ」
ルカは私の顔を見ながら再び微笑んだ。
「……どうやら私は、あの黒い空間に飲み込まれて死んじゃうみたい。……本当は火事で死ぬ筈だったのに。でも、これで良いんだよ。多分、これは神様が私達に慈悲をかけてくれたのだと思う。私が黒い空間に飲み込まれて死ぬ事で、何か良い埋め合わせがあるんだよ」
ルカはそう言うと天を仰いだ。
「一体、何を言っているんだ! いいから、こっちに下りて来い!」
私はジャンプをしてルカの足を掴もうとした。でも、ルカの足にかすりもしない。
「変な理屈をこねるな! そんな事……そんな事、駄目だ!」
黒い空間に飲み込まれて死んでしまうのが神様の慈悲だって?
そんな慈悲があってあたまるか!
慈悲をかけてくれるのなら、ルカの命を助けてくれ!
ルカは後ろを振り返り、再び黒い空間を見た。
ルカは黒い空間に向かって近づいていく。
「これでお別れかな? 残念だけど仕方ない。でも、火事で死ぬよりは断然マシ」
ルカは黒い空間を見つめたまま笑っている。
「ずっと一緒って言っただろ!」
私はルカを見上げながら叫んだ。
「苦しまないでシン君」
ルカは私を見下ろして微笑んだ。
「私は今、とっても幸せ。シン君に出会えて本当に良かった。本当にそう思う。お父さんを助ける事も出来たし、これで良かったの。私があの黒い空間に吸い込まれたらブラックホールの成長も止まるかもしれない。ブラックホールと上手く共存していけば、シン君はずっと死なずに生きられるよ。タイムスリップを繰り返したとしても生きていける。そのうちにブラックホールを取り除く良い方法が見つかるかもしれない」
私は走りながら泣きだした。
……馬鹿だ、ルカは馬鹿だ!
今、死んでどうするの?
どうせ死んだってブラックホールの成長は止まらない!
ルカの体がまた急上昇した。
ルカは数十メートルの高さまで上昇した。
すると、黒い空間が赤く瞬いた。
ルカは再びガクンと後方に引っ張られると、黒い空間に向かってスピードを上げていった。
「ルカ!」
私は全速力で走った。
「行かないで、待て!」
「――シン君!」
ルカの声が聞こえてきた。
「傍にいてあげられなくて……ごめんね」
ルカの声は震えている。
きっと泣いているのだ。
私は溢れる涙で走れなくなり足を止めた。
「俺こそ……私こそ、助けられなくてごめんなさい」
私は両手で顔を覆った。
ごめんなさい……ごめんなさいルカ。
私はどうやらあなたを助けられそうにない。
代われるなら今すぐにでも代わってあげたい……。
でも、どうする事も出来ないの!
ルカの姿がどんどん小さくなっていく。
こんな別れ方があるか……こんな事があっていいのか。
「さようなら、シン君……さようなら!」
ルカの声が微かに聞こえた。
……待て、待って!
誰かルカを止めて!
……あぁ、こんな事になるのだったら……こんな事になるのだったら……。
「神様、シン君を助けて!」
ルカの声が直接私の頭の中に響いた。
私はその場に座り込んだ。
ルカの姿が遠くに見える。
もうルカと黒い空間との距離はほとんどないだろう。
すると黒い空間が再び赤く瞬いた。
私は眩しさで眼がくらんだ。
「ルカ!」
周囲の様子が段々と見える様になると、私はルカの姿を空に探した。
でも、空には黒い空間が浮かんでいるだけでルカの姿はどこにも見えなかった。
ルカはとうとう黒い空間に吸い込まれてしまった。
私は路面を抱える様に座りこんだ。
まさか、こんな事になるなんて。
私はこれから何をどうすればいいのだろうか?
私は茫然としたまま暫くその場に座りこんだ。
暑さで全身から汗が噴き出す。
でも、そんなのどうでもいい。
もう私なんてどうなっても良いのだ……。
「アナ、アナ!」
誰かが私を呼ぶ。
女の子の声……一体、誰?
私は立ちあがって声の主を探した。
でも、相変わらず南大川駅の周囲には誰一人いない。
ただ巨大な黒い空間がじっと空に浮かんでいるだけ。
「誰! 一体、誰なの!」
誰も返事をしない。
でも、あの声、どこかで聞いた事がある様な気がする。
「アナ、アナ!」
再び私を呼ぶ声。
そうだ、この声は……まさか……まさか……。
突然、路面に何かが勢いよく叩きつけられた。
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