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【映画】誰もが人に言えない秘密を持っている~「ホールドオーバーズ 置いてけぼりのホリディ」

観ている時にはクスッと笑えて、だんだん心が温まってきて、思いがけないエンディング。そして終わってからでも、ふとしたときに思い返したくなる・・・そんな素敵な佳作に出会いました。それがアレクサンダー・ペイン監督の「ホールドオーバーズ 置いてけぼりのホリディ」です。以下、例によってネタバレ内容も含まれてしまいますので、ご注意下さい(ぜひご鑑賞後に読んで頂きたいです!)


いつも通り、ストーリーの確認から

1970年代のマサチューセッツ州にある全寮制の寄宿学校。生真面目で皮肉屋で学生や同僚からも嫌われている教師ポールは、クリスマス休暇に家に帰れない学生たちの監督役を務めることに。そんなポールと、母親が再婚したために休暇の間も寄宿舎に居残ることになった学生アンガス、寄宿舎の食堂の料理長として学生たちの面倒を見る一方で、自分の息子をベトナム戦争で亡くしたメアリーという、それぞれ立場も異なり、一見すると共通点のない3人が、2週間のクリスマス休暇を疑似家族のように過ごすことになる。

映画.comより抜粋

堅物オヤジと目下絶賛反抗期真っ最中の青年の対立

歴史(本人曰く「古代史」)教師のポールはとにかく「堅物」。ルールや伝統校としての品格を第一に考えているため、融通が全く利かない性格。こういう先生だと、生徒たちは面倒だろうな・・・と思っていたら、案の定、テストも相当辛口。ということで、生徒たちからは全く人気が無いし、本人も全く意に介さないという状態。

一方のひょんなことからクリスマス休暇中に、寄宿学校へ残らなければならなくなったアンガスは自由奔放。というか、賢い青年なのだが、とにかく反抗期真っ只中。クラスメイトとも些細なことで面倒を起こしたり、ポールにもあれこれ難癖をつけて文句を言う始末。とはいえ、特にアンガスが超ワルかというとそんなこともなく、ちょい役で出てくるクンツというヤツの方が相当嫌なヤツでしたね(もちろん役柄で)。

絶妙な塩梅の料理長

そして同じくクリスマス休暇を学校居残り組のための料理担当となったのが、この学校の料理長のメアリー。彼女はベトナム戦争で一人息子を亡くしたばかりという設定。この彼女がいい味を出しているんです。辛辣なコメントを言うときもあるのですが、彼女のキャラクターのおかげで、嫌みが嫌みになりすぎない、ほんとうにサラッと毒づくという感じで、本当に良かったです。堅物のポールを支えるようで、彼がダメな行動をすると、ビシッと𠮟るし、それはアンガスに対しても同様。実はこのアンサンブルで一番の要役として大事だったのがメアリーだと思います。

そして徐々に打ち解け合うわけですが・・・

普通のストーリーだと、徐々に打ち解けていくわけですが、ここはさすがのアレクサンダー・ペイン監督作品。上手にストーリーの起伏を作っています。そしてその起伏を少しずつ乗り越えていくうちに、三人のバックグラウンドが見えていくという構成になっているのです。ポールは斜視(弱視だったかな?)かつ先天的な病気のため体臭がキツいという設定。そしてアンガスも一見小賢しいだけの典型的な金持ち寄宿学生かと思いきや、家庭環境が複雑で、メアリーについては先述通り、息子の死を受け止めきれていないという様子。こんな三人の新情報が、少しずつ映画が進むにつれて提示されていくのです。こうなると感情移入しないはずがありませんよね、本当に上手な作りだったと思います。

前半は寄宿学校、そして後半はボストン旅行

ストーリーの前半はクリスマス直前からクリスマスまでをゆっくりと見せていきます。ほとんどが寄宿学校中心の展開。時々、街のバーガー店や同じ学校で働く職員のホームパーティーに行くシーンがありますが、ほとんどは学校が中心。ここまでの間に三人のいろいろな「心の中」が明らかになっていきます。特にそれまで気丈に振る舞ってきたメアリーが息子を思い出して、泣き崩れるパーティーシーンは強く印象に残っています。

そして後半は打って変わってボストン旅行が中心となります。これはメアリーの助言により、もっとアンガス(だけでなく他人に)優しく接するようにするためにポールが「(クリスマス当日に)願いを言ってくれればそれを叶えるよ」というようなことをアンガスに言い、彼が「ボストンに行きたい!」と言い出すわけです。案の定、それはダメだと、やっぱりいつものポールに戻りかけるのですが、メアリーが「さっき、何でも叶えるって言ったでしょ」と助け船を出し、苦肉の策として「社会見学」と称して三人のボストン旅行がスタートするのです。このくだりも面白かったですね。

疑似家族(いや、年の離れた友人?)になっていく三人

メアリーはボストン近郊にいる妹家族のところへいくために、二人のボストン旅行に同乗します。ポールが勘違いをして「(二人に気を遣っているなら)ホテルを別で予約しようか?」と、気を遣ったつもりが、メアリーに「何言ってんの?あんたたちと離れたいのよ」とバサッと斬られてしまう。これも本心だったんですかね?それともメアリー流のジョークだったのでしょうか?ちなみにこのシーンで館内は笑い声があちこちから飛んでいました。

このボストン旅行は非常にエモーショナルなシーンが多く、どのシーンも見応えがありました。ボストン美術館で古代美術品を前に講釈をたれるポールとどこか上の空なアンガス。そしてスケートリンクでスケートを楽しむアンガスを、柵越しに目を細めて見守るポール。このあたりになるともう二人は親子のような雰囲気になっていました。そんな心温まるシーンの後にポールにとっては最大のサプライズが訪れるのです。一方、アンガスもこの旅一番の目的を果たそうとするのです(ここは絶対に観て欲しい)。

誰にでも人に言えない秘密がある(はず)

ここまでのシーンの中でアンガスはポールに向かって「あんたは臭いんだよ」とストリートに吐き捨てます。すると悲しそうにポールは「(先天的な)持病なんだ」と言います。それを聞いてアンガスは「言ってはいけないことだったんだ」と悟るシーンがあるのですが、ここでアンガスは金持ち寄宿学生にありがちな単なる鼻持ちならないヤツでないことが分かります。さらにポールには学生時代に濡れ衣騒動から触れられたくない過去があり、そんなこともあって、持病のみならず自分を守るためにひたすら殻にこもって、頑固人間として生きてきたのだと思います。このあたり、共感せずにはいられませんでした。

メアリーは息子の死からまだまだ立ち直れず、気丈に振る舞ってはいますが、ふとしたときに思い出し、悲しみに暮れるという状況。そんな彼女ですから、新しい命を宿した妹家族のところへ行くのは、嬉しい気持ちと、ちょっと寂しい気持ちの入り交じった複雑なモノだったことでしょう。

そして最大のサプライズはアンガスの家族問題。映画冒頭で母親が再婚し、その相手と新婚旅行へ行くために、息子との約束を破ってしまう、というとんでもなく呆れた母親なわけですが、母には母なりの苦悩もあったというのが分かるのがこのボストン旅行なのです。アンガスにとってはどうしても行かねばならない場所があったわけで、それは「父のいる場所」だったのです。これにはビックリしましたね。まさかそんな展開になるとは思わなかったですからね。尊敬していた父が徐々に病に冒されていく姿はアンガスにとって相当苦しかったことでしょう。そして別れを決断した母親と、継父・・・これだけ複雑では、穏やかでいるほうがおかしいくらいですよね。

疑似家族の三人による心温まるシーンの数々

そんなアンガスですから、クリスマスも母親は出来合いのご馳走を買ってくるだけだったとか。それだけにメアリーが作るお手製のクリスマスディナーが相当お気に召したようで、「こんな家庭的なクリスマスは初めてだ」と心を溶かしていきます(ここも素晴らしかった!)。そしてもう一つ、ボストン旅行の締めくくりのレストランでのエピソード。アンガスがアルコール入りのデザートを食べたいとウェイトレスに頼みますが、厳格なルールがあるとのことでNGに。ポールも応戦しますが、逆にウェイトレスを怒らせるだけ。そこでメアリーが粋な提案でその場を締めくくります(彼女が立ち去ったあとに「嫌な女」と言い捨てるメアリーが最高です)。そしてレストランの駐車場でそのデザートを作る三人。これほど心が温まるシーンがあったのか!というくらい感動的なエピソードでした。

そしてエンディング。あなたは肯定派?それとも・・・?

こうしてクリスマス休暇が終わり、再び学校がスタートするわけですが、ポールの身と心境に大きな変化が起こるところで映画はエンディングを迎えます。みなさんはこのラスト、いかがでしたか?アンガスを庇い、彼には学校を続けてもらいたいと意を決したポールの勇敢さが印象的でした。私も観ている最中にはそう思っていたのですが、少し経ってからは、この休暇を経てポール自身も学生時代からずーっと殻に閉じこもるように過ごしてきたこの寄宿学校から「卒業」したかったのかもな、と思うようになりました。

もちろん生徒たちに徐々に優しく接することを覚え、生徒たちから慕われる先生になる・・・というのもアリですが、そんなに世の中甘くない。学生たち誰もがアンガスのような「実はよい子」ではなく、金持ちボンボンのちゃらんぽらん(とはいえ、彼らにも事情があるわけですが・・・)連中をこれからもずっと面倒みることに「嫌気」がさしたのかな、とも考えてみました。そして本当に彼が願ってきたローマやカルタゴ(チュニジア)を旅して単行本を執筆する。最後にメアリーが渡したプレゼントはそのために用意された白紙だけの本でした。ちなみに学校を去るときに最後っ屁をするポールは相当お茶目。このシーンもかなりお気に入りです。


ということで、相当長くなってしまいましたが、それだけ言いたい(書きたい)ことの多い素晴らしい作品でした。舞台設定が1970年代ということもあり、どこか古びたザラついた映像や当時の音楽、さらにはスタートの映画会社のロゴまで当時の雰囲気で作られているという力のいれ具合。役者さんたちも芸達者揃い(と思ったらアンガス役のドミニク・セッサさんはこの映画がデビュー作だとか!)、殺伐としたニュースばかりの昨今、この作品でちょっと心を温めるてみませんか?






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