見出し画像

【本紹介】原因と結果の経済学

世の中には、もっともらしい仮説が多くある。

【仮説1】公的な認可保育所が地域に十分にないから、母親の就業率が上がらない

【仮説2】メタボ健診の受診率が上がれば、国民の平均寿命も上がる。

本書【原因と結果の経済学】は、以下のことを目的として書かれた本だ。

 日常生活の中でも、因果関係(※1)と相関関係(※2)の違いを理解し、本当に因果関係があるのかを考えるトレーニングをしておけば、思い込みや根拠のない通説にとらわれることなく正しい判断ができる。

(※1)因果関係: 2つの事柄のうち、どちらかが原因で、どちらかが結果である。

(※2)相関関係: 2つの事柄に関係があるものの、その2つは原因と結果の関係にあるとは言えない。

上記の【仮説1】についていえば、ノルウェー、フランス、アメリカで調査が行われ、公立認可保育所の整備にもかかわらず、母親の就業は増加しなかった。保育所があるから仕事する(因果関係)のか、仕事する母親が多い地域ほど、保育所が多い(相関関係)だけなのか。公的保育所定員率と母親の就職率の間には因果関係は認められなかったのだ。就業意欲の高かった女性は、(公的な保育所の有無に関わらず)、私的な保育サービスを利用しながら仕事を継続していた。認可保育所の定員増加は、彼女たちに私的な保育サービスから公的な保育サービスへの乗り換えを促しただけであった。

【仮説2】については、日本において健診が長生きに繋がるという強いエビデンスが見られていないにも関わらず、日本では特定健康診査(いわゆるメタボ健診)・特定保健指導がスタートした。生活習慣病の早期発見と治療を目的として、40歳以上の健康保険加入者は全員受診が義務付けられている健診だ。2008-2014年まで約1200億円の税金が投じられた。

厚労省は、これを調べるために28億円を投じてデータベースを構築したが、データベースに不備があり、収集したデータのうち約2割しか検証できていない事が発覚。メタボ健診をいきなり全国展開するのではなく、まずは一部の自治体でランダム化比較試験(※3)を実施し、効果がある事が明らかになってから、残りの自治体に導入する事も考えられたはず。(中略)海外で行われた先駆的な研究成果を参考にする事もなければ、自国のデータを活用してメタボ健診の効果を明らかにすることも十分に行われていない日本の状況は、残念というほかない。

(※3)ランダム化比較実験
2つの変数の関係が因果関係なのか相関関係なのかを明らかにするために行う実験。

こんな事例が、本書では紹介されている。

また、交絡因子(原因と結果の両方に影響与えうる第3の変数。)という言葉も紹介されている。例えば、『体力がある子供は、学力が高い』という仮説において、それらは因果関係にあるというよりも、『親の教育熱心さ』が原因と結果の両方に影響与える交絡因子である、というような具合に。

70歳で保険料負担が1割になるという政策は、通院回数が上がるだけで、貧困層以外の死亡率は変わらなかった。」という事例も興味深い。


 因果関係を示唆する根拠であるエビデンスはあるのか、というのは日頃の生活でも耳にするようになった。きちんとした本にはエビデンスとなる元の論文や文献が紹介されている。現実の社会においては、原因が起こったという事実における結果と、原因が起こらなかったという反事実における結果を比較出来る事は極めて難しいけれでも、複数の仮説を持ちながら、小さく始めて結果を見ながら、修正していくという態度は、何にでも応用できそうだ。(上記2の例の一部の自治体でランダム化比較試験(※3)を実施し、効果がある事が明らかになってから、残りの自治体に導入するという風に)。

 現代の社会は、社会の至るところにセンサーが設置され、取得されるデータの数が劇的に増えている。これまで可視化されてこなかったデータをどんどん集める事ができる。人間の身体に関する情報も然りで、睡眠の質や自分の身体がどんな栄養素に反応しやすい体質なのか、DNAのゲノム解析まで、可能だ。

 ただし、データに「解釈」を加えるのは、いつも人間だ、ということは肝にとめておきたい。プログラミングを実際に作り、機械学習に入力するデータセットを"選ぶ"のは、今後も人間である。よくよく事象を観察しながら、①因果関係なのか、相関関係なのか、それとも実はどちらでもないのか。②原因と結果に影響を与える交絡因子は、存在していないか。ピア効果(友達や家族など周囲から受ける影響)は、入っていないか。意識しながら、深堀りして、疑問を持つ癖をつけて、生活したいものである。

 最近の経済学の研究は、本当に因果関係が存在するのか、この問いに答えることに大変なエネルギーを注ぎ込んでいる、という。因果関係なのか相関関係なのかを正しく見分けるための方法論を因果推論と呼ぶ。本書では、因果推論への入門書として、身近な事例を取り上げながら、入りやすい構成になっている。

経済学者や統計学者のような専門家ではない私たちでも、因果関係を一歩踏み込んで考えてみること、身の回りのあたかも当然の常識と思われていることを、一度疑ってみるのは価値のある事であるはず。

結果に影響を与えている本当の原因はなんだろうか。本書に紹介されている以下の【因果関係を読み解くステップ】は、知っておいて損はないだろう。

1.原因は何か
2.結果は何か
3.3つのチェックポイントを確認しよう
①まったくの偶然ではないか
②交絡因子が存在しないか
③逆の因果関係は存在しないか
4.反事実を作り出そう
5.比較可能になるよう調整しよう

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?