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あなたの世間、どこから?

町田さんは、近所でも評判の「常識人」だ。彼は毎日、新聞を熟読し、テレビの情報番組で話題になったトピックを完璧に把握する。話す内容も、あたかも世論そのものを代弁しているかのように整っている。

「やっぱり今の時代、エコですよね!」
町田さんはそう言いながら、使い捨てプラスチックのカップで飲むコーヒーをすすり、コンビニのビニール袋を両手にぶら下げていた。「エコ」という言葉を発したその瞬間、自分が何をしているかを少しも気にしていない。

ある日、町田さんはふとした疑問を抱く。「最近、周りの人が何を考えているのか、ちょっとわからなくなってきたな…」と。だが、そんな違和感を打ち消すように、彼はまたニュース番組を見て、「世間の動向」を確認する。「やっぱり、みんな同じことを考えているんだ!」そう自信を深めた町田さんは、ますます世間に寄り添うような発言をする。

しかし、その「世間」とは誰なのか。町田さんが世間と呼ぶものは、テレビの中のコメンテーターやSNSでバズった話題だけだ。彼が直接会話するご近所さんや友人の意見は、いつしか「少数派」として聞き流されている。

ある日、町田さんが飲み会で「世間ではこれが常識だよ」と話すと、周りの人が微妙な顔をするのに気づいた。しかし彼は気にしない。「みんな、恥ずかしくて自分の意見を言えないんだな」と勝手に納得している。

やがて町田さんは完全に「世間の代弁者」となり、周りの人々から距離を置かれるようになる。ある友人が、ついにたまりかねて言った。「町田さん、それって本当に世間の声なんですか?」

しかし町田さんはこう返した。「いやいや、君たちがズレてるんだよ。僕はちゃんと世間を見てるから!」

その言葉に誰も反論せず、静かに席を立った。町田さんの世界には、もう彼だけが住んでいるのだ。彼が信じる「世間」とは、実際の誰でもない、自分が作り出した幻影だった。

町田さんは今日も、ニュースを見ながら思う。「これが本当の世間だよな」と。だが、鏡の中の自分がいつも同じ頷きを返すことには、まだ気づいていない。

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風刺のふうちゃん
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