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裁判傍聴

3月某日、朝、9時30分、東京、霞ヶ関。

緊張の面持ちで霞ヶ関駅の地下から地上へと出る。周りの群がビシっとしたスーツ姿を決め込んでどんどん建物に吸い込まれていく。皆がどの立場なのか憶測する。控えめにしたつもりだが、カジュアルな服装の僕は少々場違いを感じさらに緊張感が増していく。

友人を待つ。

友人からLINEがあったのは約1ヶ月前のことだ。「裁判傍聴しませんか?」僕はすぐに「したい!」と返信し、日程を合わせた。友人は一緒にバンジーを飛んだ仲だ。僕はそこそこ綺麗に飛んだつもりだが、友人はもはや落下事故のような落ちっぷり。それでも、恐怖に打ち勝ち、むしろ爪痕を残せた、とポジティブ発言の友人は、霞ヶ関にオレンジのパーカー、オレンジのリュックサック、帽子をかぶり現れた。僕以上の場違い感だ。

僕らが向かったのは、東京地方裁判所。初めて来た。もちろんお世話になったこともない。裁判所を目の前にすると、何も悪いことしていないのに警察とすれ違うとちょっと緊張するあの感じに似ている。友人はそんな緊張感を微塵も見せず、てくてくと進んでいく。入庁の際の手荷物検査のゲートでは普通に引っかかり、バックルのせいでだと判明し、無事入庁。友人は僕の手荷物検査に目もくれず、本日の開廷表を凝視していた。

裁判所では、その日に審理される事件を一覧にして公開していて、好きな裁判を見ることができる。

友人「まずどこ行きます?」
僕「どこにしようか?」
友人「これは?」
僕「よし、そこ行こう!」
友人「これは抽選ですね」
僕「じゃ、それはその時間になったら並ぼうか」

まるでディズニーランドだ。乗り物を楽しむかのようなテンションで法廷に入ると、傍聴席と仕切られた柵の向こう側には、検察官と弁護人、そして被告人がすでに座っていて、真ん中の扉からミッキー、あっいや、裁判官が登場。映画やテレビで見たあの光景だった。

道路交通法違反の裁判が始まった。検察官が起訴状を読み上げる。早口だ。とても早口だ。何を言ってるのか全然わからない。声も小さい。しかも抑揚がなく感情もない棒読み。まるで濱口竜介監督の世界だ。途中、裁判官から「もう少しゆっくり読んでください」と注意されていたが、ほぼ変わらず最後まで読み上げた。

続いて、弁護人が改めて事件発生の状況を説明しながら被告人に質問を投げかける。この弁護人、話し方がとても優しい、そして聞き取りやすい。やっと事件の詳細が入ってきた。法廷速度時速60kmの高速道路で時速145kmで走っちゃったやつだ。85kmオーバーというとんでもないスピード超過。弁護人は被告人に対し、丁寧に優しく質問をしていく。人情味溢れる喋り方で好感が持てる。被告人のしたことは立派な犯罪であるが、本人も反省しているし、なんとか情状酌量を受けるために一生懸命だ。

そうは問屋が卸さねぇ、というのが検察官。やったことに変わりはない。そして本人が本当に反省しているのか、どんどん追い詰めていく。もちろん仕事だし、真実を明らかにして、悪いことした人には罰を与えないといけない。こちらも必死だ。

そして被告人。肩を窄め常にうつむき加減だ。事の重大さを感じ、表情も険しい。弁護人、検察官のそれぞれ質問に蚊の鳴くような小さな声で答えていく。一見すると普通のサラリーマンのような人物であるが、この人が時速85kmも超過したのかと思うと、人は見た目じゃ判断できないなと感じる。

書記官。なんかずっと右上の天井見てた。暇なのか?君は暇なのか?

そして最後に裁判官。この法廷では女性の裁判官だったが、弁護人、検察官のやりとりを冷静に聞いてメモしている。小さなハンマーが出てきて「静粛に!」的なあの名場面は見れなかった。静粛だったから。そういや「異議あり!」も無かった。裁判官は最後、被告人に対し「あなたがね、ちゃんと反省をしないとね、刑務所に入っちゃうんですよ、わかりますか、反省してますか」と、まるでお母さんが息子に言い聞かせるように説諭する。被告人は「はい、反省しています」と口にする。さらに裁判官の「今後、車は運転するのですか?」の問いに「はい、します」と被告人。「するんかい!」と僕は心の中でツッコんだ。きっと友人もツッコんでいたことだろう。

審理が終わり、次回判決となる。裁判官と検察官、弁護人はここで判決の日取りを決め閉廷。

裁判官、検察官、弁護人、被告人、そして書記官。それぞれのキャラクターがこんなにもはっきり分かれてて、完全なるドキュメンタリー、人間模様にとても興味深かった。役作りや人間観察には非常に役立ち、人生経験としてもオススメである。ただ、柵の向こう側にだけは絶対行かないようにするとここで誓う。