見出し画像

旅の記憶


 noteにこれまで僕がしてきた、旅の話をいろいろ書いていこうと思う。noteへの書き下ろしもあるが、いくつかは、すでに他の媒体で発表した原稿でもある。少しでも僕の旅の話に興味を持ってもらえたらうれしい。

 最初の記事は、昨年4月に秋田魁新報土曜コラム『遠い風 近い風」に書いたものだ。

 海外を旅したときの情景をふと思い出すことがある。日差しが作る影、吹く風、空の色、花の匂い、ときには聞こえてくる音楽……トラベルライター&エディターになって35年以上経ち、さまざまな場所へ出かけ、強く印象に残る体験も数多くしてきた。しかし、普段よく思い出すのは、実は何気ないと思っていた旅の間のありふれた瞬間だったりする。それは旅の目的として自ら《進んでやりたい》と思ったことと同じかそれ以上に、体験として脳裏にしっかりと焼き付いているのだ。

 僕が今の仕事に就くきっかけとなった旅は、大学卒業時の春休みに出かけた約2ヵ月間のオセアニア旅行だった。あるグラフ誌でオーストラリア大陸中央部にある世界最大級の一枚岩ウルル(エアーズロック)が夕日に真っ赤に染まる写真を見て、自分でもその瞬間に身を置きたいと思ったのが旅立ちのきっかけだった。目的であった夕日に染まるウルルを眺め、オーストラリアをほぼ半周したあとにニュージーランドへと渡った。そこで当時旅行ガイドブック『地球の歩き方』の編集長だった人に声をかけられ、僕が経験した旅の話をした。彼は僕の話に興味を示し、日本に帰ったら編集室に顔を出すよう促したのだ。
 彼と会った翌朝早く、僕は列車の乗るためにクライストチャーチの駅へと向かった。淡い色合いの青空とゆっくりと流れる雲。日差しはまだ穏やかで、道路には大きく影が伸びていた。そんなニュージーランド南島では、ごくありふれた朝だった。

 昨年(2019年)の2月、東京で春一番が吹いた翌日のことだった。自宅から事務所へ向かおうと、外へ出たときに見上げた空と雲。
「あれっ!」
 脳裏に、三十数年前のクライストチャーチの朝がフラッシュバックしてきた。当時とは季節も早春、早秋と異なり、町の光景もまったく違う。空の色なのか、雲の形なのか、日差しなのか、それとも風なのか……何が似ているのかはっきりとはわからないが、僕は鮮明に、あの朝、クライストチャーチ駅へバックパックを背負って歩いたときの光景を思い起こしたのだ。ただそれだけのことだ。それでも僕はその日一日、時折仕事の手を休めながら、今の仕事へつながるオセアニアの旅のことをあれこれ思い出し、なんだか楽しい気分に浸ることができた。

 自分が興味を持ったことを体験しに出かけたり、異文化に驚いたり、あるいはいろいろな人と触れ合ったりと、旅の魅力はさまざまだ。でも、それ以外にも日常とは違う場所に身を置くという、旅の時間も大きな魅力のひとつではないかと思う。旅の間はリラックスしているけれど、刺激はひじょうに多い。だからこそ、意図するしないにかかわらず、旅で過ごした時間の記憶・体験は心の奥底にしっかり残っているのだ。その光景が、日常ふとした瞬間に頭をよぎる。

 そうした経験をしているから僕は旅をやめられないんだな、と思う。たぶん、今の職業に就いていなくても、僕はきっと旅を続けていたはずだ。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?