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【小説 ショートショート】 隣町の戦争

未来の世界。
大陸間に国や国境がなくなり、町単位で行政の区分けがなされていて、どこの大陸にいても、気に入った他の大陸の街へ移住できるようになっていた…。

土曜の夜。山下はマンションのベランダに、リクライニングチェアを置いて座ると、街を見下ろしながら、ジョッキに注いだビールを飲みはじめる。
「はい、おつまみ」
妻の恵が皿にジャッキーパルカスを山のように乗せ、テーブルに乗せると、自分も椅子に座った。
「気持ちいい風だね」
「うん」
そう言いながら二人はビールの入ったジョッキで乾杯する。
街の光が煌めいているのを眺め、
「いい景色だな」と山下がつぶやく。
「そうだね」
恵がうなづいていると、隣町に突然轟音がなりだし、戦闘機が数機飛んでくるのが見えた。
「なんだろう?」
山下がビールを飲みながら不思議そうにつぶやく。
「ほら、あれじゃない?ニュースであったじゃない。隣の町が姉妹都市だったZ大陸の街と険悪になって」
「ああ、犬猿都市になったやつか…」
戦闘機は轟音を響かせながら、隣街を爆撃し始めた。世界は半電脳化し、街はコンピューター制御で仕切られているので、戦闘機は自分の街からワープして、敵の街へと行けるようになっていた。
「いよいよ始まったか…」
山下のビールを飲む手が止まった。
デイジーバンカーロケットが戦闘機から発射され、遠くのビル街が巨大な炎に包まれた。
その炎は同時に投下された焼夷弾のせいもあるのか、ピンク色から赤色になり、黄色に変化していく。
しかし、街のは透明な壁で区分けされており、山下たちの街に炎は波及して移ってくることはなかった。
「綺麗だな」
思わず山下が呟いた。
「でも、あの街にいる人の気持ちになったら…」
「そうだな…。そんなことも言ってられないか…」
「どうしてあんな色になるのかな?」
「焼夷弾に花火みたいに色がつくような薬品が付いるのかも知れないな」
「わざとそうしてるってこと?ひどい。もう、こんなの見てられない…」
「そうだね。もう、中に入ろう」
恵がそういうと、山下が頷き、ビール瓶を持って、部屋の中へ入った。

次の日の休日。
恵がリクライニングチェアに座り、モバイルでニュースを見ていると、近所にできた新しいショッピングモールの広告が目についた。
「新しいモール、出来たみたいだよ」
「へえ、行ってみてもいいな」
ダイニングに座り、コーヒーを飲んでいた山下がそう答えた。
「じゃ、午後に行ってみようか」
しかし、そのモールの場所は戦争の始まった隣町に近かった。
車でモールへ行き駐車場に止めると、あまりに隣町は近く、透明な仕切りを通して、その街がはっきりと見えた。
「やっぱり、ビルが倒壊しているね」
仕切りのあるあたりはまだ、街は残っていたが、奥の方を見ると、爆撃で燃えた後の建物が見えた。
「あれ?誰かがいる」
恵に言われて山下が見ると、道の向こうに、若い男たちがしゃがみ、タバコを吸いながら屯している。
「何をやってるんだろうね」
「あんまりみちゃダメだよ」
それほど隣町の男たちと山下は遠くなく、向こうからもこっちが見えるほどの距離であった。
二人はこっそり男たちの様子を伺っている。
「爆撃の後にあんなとこにたまって」
「度胸試しみたいなとこもあるのかな…」
「あ、また人が来た」
こっそり、車の陰に隠れ男たちをみていると、倒壊したビルの向こうから、制服を着た警官たちがやってきた。
「なんだろう?」
山下たちがじっと見つめていると、警官は一人の男に声をかける。
男は彼らに口答えをするが、警官の一人に襟首を掴まれ、引きずるように何処かへ連れらさられている。
「どうしたのかな」
恵が山下に聞いた。
「多分、空爆があって、この街は弱いとかなんかどこかで口走ってしまったのかもしれない」
「そうなのかな?」
「それを仲間に告げ口されたんじゃないか」
「うーん」
「まあ、真実はわからないけどね」
二人はそんな話をして、モールへ入っていった。
モールはフードコートや映画館などがある、取り立てて変わったところのない、普通のショッピングモールだったが、二人はそれなりに楽しみながら、食品や洋服などの買い物をした。

数時間後、買い物袋を下げ、モールを出ると、また、轟音とともに、戦闘機が向こうの街へやってくるのが見えた。
「また爆撃か」
「こっちは大丈夫だろうけど、なんだか怖い」
「それはそうだ。本当に爆撃されてるんだからね」
サイレンが鳴り、人々が逃げ回っているのが駐車場からよく見えた。
「あ、あの人」
恵が指をさす。
そこにはさっき男が屯していた道に、腹を膨らませた妊婦が逃げ惑っていた。
「危ない。早く逃げて」
聞こえないはずの妊婦に恵がそう呟く。
妊婦は爆撃されるビル街を怯えながら振り返り、どこか無事で助かりそうな場所を目指し、走りだした。
彼女は煙に紛れ見えなくなった。
「大丈夫かな」
山下が心配そうに言った。
「でも、あの街にいるってことは、自分で納得して住み続けたってことでしょ」
「そうだな。戦争が始まると決まった時に、住民は他の街に移る権利を行使できるからね」
「なのにどうして…」
「わからないな。それほどあの街に執着があるのか。犬猿都市に恨みがあるのか」
「そんな恨み持つ意味なんてあるのかな?」
「ないとは思うけど…」
「自分の子供もお腹にいるのに」
「わからないな。人間の考えることは…」
「もう、帰りましょう」
恵がそういうと、山下もそれに頷き、運転席へ乗り込んだ。
「なんか買い忘れたものあった?」シートベルトを締めながら恵が聞いた。
「なんだろう。お酒かな」
「また今日も飲むの?」
「うん。あんなの見たら、飲まずにいられないよ」
ため息をついて山下は言った。(終)


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